傘の魔女~9~
落ち着け。
彼だって軍人だ。
平民であったとしても、警護として呼ばれることもあるだろう。
ここにいたって、おかしくはない。
それでもーー。
貴方とは会いたくなかった……。
人を殺すときに、貴方に会いたくなかった。
貴方のいるこの場所で、人を殺したくなかった。
貴方の側では、魔女としてではなく、ただの人でありたかった。
それが、私の望みで願い。
ミヒャエルーー。
ごめんなさい。
ロゼで、いられなくて。
人殺しの魔女でごめんなさい。
せめて、この事が貴方に知られませんように。
色々な人間が私のことを調べている。
もう既に、私が傘の魔女だって、貴方は気付いているかもしれない。
それでもーー。
貴方にはーー。
ごめんなさい。
ミヒャエル。
私はーー
私は、
これから、人を殺しますわ。
* * * * *
ロドリーは、一番近くの客室へと私を案内した。
部屋へ入り、扉を閉めた瞬間、魔法で外と部屋の中を切り離す。
これで、外には中の様子は分からない。
勿論、中にも入っては来れない。
部屋の中には、ソファとテーブルが一つ。
それから、向かって右の壁際に棚あり花瓶が置かれていた。
いけられている花は、真っ赤なアマリリス。
ソファへと、腰掛けてゆっくりと息を吐いた。
「大丈夫ですか? 顔色が先程よりも悪いようです」
そう言って、彼は私の頬に触れた。
かと思えば、ぐいっと顎を掴み上を向かせる。
「愛しのミヒャエルがいたことに、動揺でもしたのかロゼ」
さっきまでの心配した表情とは打って変わり、私を見下ろし嘲笑うロドリー。
「それとも、それも演技か? 大層な役者だな」
「何のことですの? ロドリー様、手を離してください」
顎を掴む手を軽く押すが、当然びくともしない。
「はっ! いい加減、演技はやめろ。我々はお前の正体に気付いている。お前は、傘の魔女アルドゥラ。そうだろう?」
憎しみ。
怒り。
喜び。
優越。
彼の瞳からそれらの感情が読み取れた。
私に対する怒りと憎しみ。
捕らえたことに対する喜び。
傘の魔女を支配することで得られた優越。
ーー愚かな。
私を無効果出来たとでも思っているのか?
「愚かですわね。私、頭の悪い人は嫌いですのよ」
冷笑を浮かべてみせる。
ロドリーは少し怯んだようだが、それでも手を離さなかった。
「何をほざく。 お前には薬を打ち込んでいる。魔法は使えないぞ」
そう言うと彼は手を離して、頭の上に掲げた
「おい! この女を捕らえろ」
大きな声で叫ぶが、当然誰も来ない。
訝しみ、後ろを振り返る。
ああ。駄目ね。
そんなんじゃ、いつまで経っても私には勝てなくてよ。
「うふ。残念ね、ロドリー」
後ろから抱きつき、耳元で囁く。
「私は、まだ傘の魔女だなんて、言ってなくてよ」
そっと首を撫でる。
トクントクンと脈打つ鼓動。
「それから、あの程度の薬で私の魔力が弱まるとでも?」
今、彼は動きたくても動けない。
何せ、私が動けなくてしてるのだから。
「うふふ」
すっと、彼から離れ彼の前に手を翳す。
手のひらから生まれた風が渦を巻き、刃となる。
彼に向かって放ると、風が男の体を切り裂く。
「あああぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」
断末魔の叫び声をあげて、ロドリーの体は切り刻まれる。
ビチャリと、顔とドレスに返り血を浴びた。
飛び散る血がまるで、雨のようで愉快だ。
「 アハ、……アハハハ。……アハハハハハハハ」
高らかな笑い声をあげた。
ああ。愉快。
邪魔な男が消えた。
ああ。
「アハハハハハハハ」
ガチャリ。
その時、してはならない音がした。
開いた扉の向こうに、先程見たばかりの茶色の髪。
嘘だ。魔法はしっかりかけたはずなのに……。
解かれた?
誰に?
嘘。
誰か嘘って言って。
ミヒャエル……。
「どうして……?」
嗚呼。一番聞かれたくない言葉が貴方の口から出る。