傘の魔女~8~
青い空の下。
手入れのされた木々と、美しい色とりどりの花に囲まれたガーデンテラス。
白いテーブルクロスのかけられた、四角い長テーブルの上には、美味しそうな料理がところ狭しとのっている。
香ばしい匂いと、目を奪われるような美しい料理の数々。
盛大に開かれた婚約発表。
作り物の婚約。
私は知っていた。
あの男が私を監視していたことを。
この婚約は作り物。
あくまで、私の尻尾を掴ませる為のものに、過ぎない。
私の屋敷を探りたいだけでしょう?
私が魔女という証拠が欲しいだけでしょう?
分かっていますのよ?
早く消し去りたいところだったが、監視が厳しく叶わなかったところにこの好機だ。
上手くやったつもりなのでしょうけれど、私が気付かないと思いまして?
あの男を殺して、私の使い魔とすり替える。
そうすれば、軍内部の情報をもっと手に入れることが出来る。
こんなことなら、もっと早くしておけば良かった……。
アルプが私に教えた舞踏会の正体は婚約発表のことだった。
一体どこから、情報を手にいれたのか。
まさか、アルプは思いもしないだろう。
私自身が舞踏会の主役になるとは。
* * * * *
視界に映るのは美しく着飾った男女。
私とあの男の婚約を祝う為に集まった。
美しく微笑む仮面のその下には、醜悪な本性が潜んでいる。
なんて、醜い……。
吐き気がする。
外から見れば美しい黄金の林檎も中身は腐りきっている。
「ご気分が優れないのですか?」
そう語りかけてきたのは、ロドリー・ヴィレイユ。
私の婚約者。
金色のウェーブした髪と、見たものを虜にする青い瞳。
端麗な容姿からは想像もつかないほど、腕のたつ男だ。
頭が切れ要心深くもあり、要注意人物だ。
この男を手中に収めることが出来ればーー。
「……ええ、少し疲れてしまったようですわ」
具合の悪そうなふりをして、男を奥の部屋に誘導する。
そして、そこで使い魔とすり替える。
「奥の部屋で少し休めば、大丈夫と思いますの? ……よろしいかしら?」
そう訪ねると、ロドリーは少し迷った様子を見せたが頷いた。
「部屋まで付き添いますよ」
そう言って私の手を取る。
私は黙ってその手を握り返した。
その手に体を預けると、チクリとした小さな痛みが手のひらに走った。
それで顔色を変えるような私ではないが、わざとピクリと反応して見せる。
「静電気でしょうか? 今、痛みが……」
そう困ったような顔をしてみせると、ロドリーは申し訳なさそうな顔をして謝った。
「ああ。それは失礼しました、大丈夫ですか?」
この道化が。
どうせ魔力を弱める薬か何かでも仕込んだのだろう。
私にそんなものは通用しないが。
「ええ、大丈夫ですわ」
にっこりと微笑む。
ロドリーは私の手を引いてテラスから、室内へと案内する。
中へ入る前に最後にもう一度、ガーデンテラスを見渡した。
その瞬間。
自分でも顔の血の気が引くのがわかった。
よく、見慣れた焦げ茶色の髪と鳶色の瞳。
ミヒャエルーー。
どうして、あなたがここにーー。