リコリスの恋人~23~
衝撃が全身を震わせる。
「ど、どういう意味ですか?」
存在しないーー?
だが、確かに俺はロゼと会っている。
それが、存在しないとはどういう意味なのか?
メリボーン大佐はため息を吐いた。
「そのままの意味だ。今から十数年前、本物のロゼモネア・オッフェンバーグは事故で死んでいた」
死んでいた……?
それは、つまりーー。
「今のロゼモネア・オッフェンバーグが偽者だということですか?」
尋ねると、メリボーン大佐は頷く。
偽者……?
では、一体彼女は誰だというのだ?
「彼女には傘の魔女疑惑がかかっている」
* * * * *
傘の魔女。
ブラッディ・アンブレラ。アンブレラ・ウィッチなどと呼ばれる古の魔女だ。
最強にして最悪。
本当の姿を誰も知らないというーー。
その魔女が、ロゼだというのか。
「まだ断定は出来ない。だが、可能性は高い」
メリボーン大佐はそう言って資料をこちらに寄越す。
それにさっと視線を走らせる。
そこには、ロゼがロゼモネア・オッフェンバーグでない証拠があった。
本物のロゼモネア・オッフェンバーグは十二年前、馬車の事故で死亡していた。
しかも、当時働いていた使用人は皆、辞めている。
おまけに、働いていた記憶がないという。
記録だけではなく記憶の改竄も行われていたのか……。
「軍の魔法使いを何人か使って、ようやくそれを調べることが出来た。実に高度な魔法だと言っていたよ」
苦笑しながら、メリボーン大佐は言った。
「恋人であった君にこんなことを言うのもあれだが、彼女が白か黒かはっきりさせてほしい」
……。
「それは……命令でしょうか?」
上官がやれといったやる。
それが軍というものだ。
質問をすること事態が間違っている。
それは分かっている。
でもーー。
それでもーー。
「これは、君へのお願いだ。君ならこの殺戮劇に終止符を打つことが出来るのではないかと、私は期待しているのだよ。」
メリボーン大佐の目は何一つ偽りを言っているようには、見えなかった。
「本気で……、そう思ってらっしゃるのですか?」
俺は、貴族ではない。
対して実力があるわけでもない。
平凡な人間だ。
「君には感謝している、オーデンス。君は本当にあの曲者だらけの班をまとめてくれている」
メリボーン大佐は、そう俺を褒めた。
滅多に人を褒めるような人ではない。
そんな大佐が今、俺のことを褒めている。
「やめてください。俺はそんな期待されるような人材じゃありません」
「そう思ってるのは君だけだ、オーデンス。」
メリボーン大佐は、俺の言葉を即座に否定した。
大佐の期待には応えたい。
だがーー。
下手をすれば、この手でロゼを殺すことにもなりかねない。
きっと、メリボーン大佐もそれを分かっている。
分かっているから、俺に話したのだろう。
これは大佐なりの温情だ。
他人に愛した人を殺させない為。
自分の手で真実を掴ませる為。
温情だとしても、何て残酷なのだろうーー。
「オーデンス。やってくれないか?」
ジッと、見つめれる。
俺は、その目を見ていられなかった。
長い沈黙が部屋を包み込む。
「……大佐の期待通りの結果を出せるとは、思えません。それでも、よろしければ」
絞り出すように、そう応えた。
どうか、ロゼが犯人ではありませんように。
そう心の中で祈った。
神に祈ったのは、久しぶりのことだった。