水の巫女~4~
さらさらと水の流れる音がする。
青い光が空間をたゆたう。
「水の巫女ってのは何だ?」
グラセルの問いに私は答える。
「水の巫女は水の女神に祈りを捧げ、女神から水の恩恵を授かっている、と言われてるわ」
「言われてるっていうのは?」
「水の恩恵とは何か? 誰も知らないの。だから、水の恩恵を授かっているのか分からないのよ。私を含め、信者達も誰も知らない。分からないことの為に祈りを捧げられるほど、私は女神を盲信していないわ」
これは私の本心。
女神は私をここに縛り付けているだけ。
私が望むものを女神は与えてなんかくれない。
水の恩恵なんて知らない。
そんなものの為にどうして私がーー。
知らず知らずのうちに手を握り締めていた。
「水の女神ってのは一体何なんだ? 水を司る神か?」
彼の問いに私は頷く。
「そうよ。でも私はそれ以上のことを知らないわ」
「どういうことだ?」
「えっと、私が巫女になる前はもっと大勢の巫女がいたの」
「同時に複数存在したのか?」
その問いにコクりと頷く。
「でもその巫女達が流行り病にかかって皆死んでしまったの。その後、私が巫女になったけれど、私が生まれる前の話だから私は巫女達のことを知らない。先代の巫女達ならきっと知っていたかもしれないけれど私はーー」
「つまり、先代が皆死んだために女神の話が受け継がれなかったということだな?」
グラセルは私の話を途中で遮り、そうまとめた。
頷くと彼は落胆したように、ため息をついた。
申し訳ない気持ちになったが、事実なので仕方がない。
「信者達も知らないのか?」
彼はそう聞いてきた。
「ええ。代々巫女だけに受け継がれてきた話らしいの」
それも信者から聞いた話だけれど。
彼はそれを聞いて何やら考え込んでいる。
居心地の悪い沈黙が続く。
「今度は私が質問してもいい?」
沈黙に耐えられずに口を開いた。
すると、彼は私を見る。その視線にドキリとした。
何故だろう?
そんな疑問が頭に浮かんだものの、それを振り払い質問を言葉にする。
「どうして貴方はそんなことが気になるの?」
昨日、人魚を探していると言っていたがそれと何が関係しているのだろうか?
私は人魚ではないーーと思うし、巫女や女神とは関係ない気がするのに。
彼はじっと私を見つめる。
ゆっくりと開いた口から出た話は初めて聞くものだった。
「水の巫女は人魚の血を引くと聞いた」
人魚の血?
そんな話、信者の誰からも聞いたことがない。
「それが真実かどうか知りたい」
グラセルはそう続けた。
その表情は真剣そのもので、とても嘘をついているようには見えない。
それに彼が嘘をつく理由も思い当たらない。
「でも、私は確かに鱗が生えてるし、水掻きもあるし、人魚の血を引いてると言われても、本当かもしれないと思うけれど、歴代の巫女はそんなことなかったって聞いてるわ」
そう、異形の姿は私だけなのだ。
「信者が嘘をついていない保証はない」
彼は真面目な顔で言う。
皆が私に嘘をーー?
私は首を振る。
「そんなことない。何の為にそんなことするの?」
私の言葉に今度はグラセルが首を振った。
「お前には知られてまずいことがあるかもしれない。嘘をつかない人間はいないぜ?」
頭が真っ白だーー。
皆が嘘をついてるの?
私に?
皆、今まで私のことを騙していたかもしれないの?
そんなことない。
絶対にそんなことないーー!
私は必死に首を横に振った。
「嘘。そんなことあるわけないわ」
「なら、そう思っていればいい」
突き放すようにそう、言われた。
彼は立ち上がり、私を見下ろす。
「また、明日来る。それまで考えろ。何を信じるのか」
そう言い終わると、彼は部屋を出ていく。
私は何も言えずに、ただ黙ってその背中を見つめていた。
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