リコリスの恋人~22~
「オーデンス」
突然、名前を呼ばれ顔を上げる。
すると、そこにはメリボーン大佐の姿があった。
尖った鷲鼻と右目に刻まれた傷跡。
一つの金色をした目はいつも、鋭く厳しい目をしている。
慌てて、立ち上がり敬礼しようとすると、手でそれを止められる。
「話がある。今、いいか?」
そう言って、奥にある部屋を示す。
「はい」
頷き、俺は立ち上がる。
「ギーン、また後でお願いします」
ギーンにそう声をかけて、メリボーン大佐の後に続いた。
* * * * *
「何のご用でしょうか?」
この部屋はメリボーン大佐の執務室だ。
大きな執務机の上には、沢山の書類が山となっている。
その山の向こうに、メリボーン大佐の顔が見える。
「マリオメットがようやく、やる気を出したと聞いてな」
「はい。彼の推理に基づき調査を進めております」
そう応えると、ゆっくりと大佐は頷く。
「私のほうでも独自に犯人の調査を行ってるのは知っているな」
「はい」
大佐が何を言いたいのか。
何を知りたいのか。
分からない……。
調査の進捗具合だろうか?
その為に、呼び出されたことなど一度もない。
わざわざ直接話を聞く必要性もないーー。
「マリオメットが、犯人は貴族の女だと言ったそうだな。話は聞いている」
前に手を組み、大佐は言う。
胸がざわついた。
この感覚は知っている。
嫌な予感がする。
「……ところで、オッフェンバーグ嬢のこと何だが、婚約が決まったそうだ」
突然、何の脈略もなく逸れた話。
メリボーン大佐は依然として厳しい顔つきをしている。
「今週の日曜日に婚約発表を行うそうだ」
それがーー。
一体何だというのですかーー?
嫌な予感がする。
「メリボーン大佐、おっしゃりたいことが自分には分かりかねます」
「彼女について調べたんだよ」
ドキリとした。
ロゼについてーー?
それは一体、どういう意味なのか。
大佐の表情からは何も読めない。
「正確には、傘の魔女について調べていたら、彼女についても調べることになったんだ」
喉がカラカラに渇く。
思考が上手く働かない。
自分でも動揺していることが分かる。
「君と彼女が交際していたことは、知っている。だから、君に一番にこの話を伝えている」
ハッとして、大佐の顔を見る。
「ご存知だったのですか?」
その質問に、大佐はゆっくりと首を縦に振る。
「オーデンス。君は隠し事は向いてないな。顔に出ていたよ」
苦笑しながら、メリボーン大佐は言った。
そんなに、顔に出ていたのだろうか……?
大佐は一呼吸の後、何ともいえない表情で俺に告げた。
「ロゼモネア・オッフェンバーグという人物は存在しなかった」