リコリスの恋人~21~
ロゼの電話から三日が過ぎた。
幸いなことに、あれからは目まぐるしいほど忙しい日々が続き、ロゼのことを考える暇もなかった。
今、こうしてギーンがまとめた資料を手にするまではーー。
見た瞬間、思わず顔を手で覆ってしまった。
何てことだ……。
「被害者が事件当日に参加していた夜会、劇の一覧だ。それから、その全てに参加していた貴族の一覧。反抗時刻にアリバイがあった者は除いている」
部屋の中にはギーンと俺以外は、留守番役が数人。
書類を捲る音やタイプライターを打ち込む音が響く部屋の中で朗々と聞こえるギーンの声。
ギーンは細かく俺に説明をしてくれる。
「残ったのはこの十二人だ。内、女性は三人」
名簿には、聞いたことのある貴族の名前がいくつかあった。
特にその中でも真っ先に目についた名前があった。
ロゼ……。
まさか、君が容疑者になるとは……。
ギーンの声が止まると、部屋はとても静かだった。
嫌な考えばかりが、頭を巡っていく。
私情を挟むべきではないというのは、分かっているがそれでもーー。
ロゼを疑いたくない。
「ミヒャエル、気持ちは分かるがーー」
「分かっています。大丈夫です、分かっていますから」
ギーンの言葉を遮り、そう言う。
ロゼは、あの遺体が発見された日、近くで催されていた舞踏会にも参加している。
しかも、途中で帰った。
俺が、帰らせた。
「娼婦や、商人が犠牲になった日があったでしょう? その日のアリバイを全員調べてください」
「そう言うと思って、今ガーゼルが調べている」
仕事が早いな。流石だ、と感心する。
一度深呼吸をして、心を落ち着かせる。
そして、再び資料に目を落とす。
そこに連なる名前はどれも高名な貴族の名だ。
「……圧力がかかっていたんですか?」
事件の共通点を探すとなれば、当然のように被害者の行動と一致している人物を探すことになる。
このリストは、もっとずっと前に作られていてもおかしくはない。
それなのに、どこも作成していない。
それはーー。
「調べたところ、情報の隠蔽が確認できた。皇室と繋がりのある貴族が容疑者にいたらしく、情報を秘匿していたらしい」
なるほど、そういうことか。
ギーンの説明に頷く。
「先日の事件でその人物が容疑者から外れた、ということですか?」
尋ねると、ギーンは頷く。
まぁ、薄々そうではないかと思ってはいた。
いくらなんでも情報が少なすぎたし、不自然な点もいくつかあったのだ。
だが、これで自由に捜査出来るはずだ。
これ以上犯人を野放しにしておくのは、軍の威信にもかかわる。
何としても犯人を捕まえなければならない。
さて、どうしたものか?
今まで通りに捜査したところで、犯人は捕まらない。
今持っている情報を最大限、利用しなければならない。
どうする?
考えろ。
顔の前で手を組み、思考をフル回転させる。
静かな部屋は考え事をするのには、最適だ。
机の上には、事件の資料がある。
被害者のリスト。
容疑者のリスト。
検死の結果。
傘の魔女に関する事件の資料。
考えろ。
今ある情報。
武器。
手駒。
使える者は何でも使って、犠牲を最小限に、最も大きな利益をもたらす方法を。
考えろーー。