百目の王~3~
静かだ。
静かすぎるーー。
一人執務室に籠り、書類仕事を片付けていた俺だが、あまりの静けさに羽ペンの動きが止まる。
執務室の壁は全て本棚になっており、ぎっしりと分厚い本が並ぶ。
机と椅子が一つずつ置かれた部屋は、さほど広さはなく、また窓もない為、本に囲まれていると若干の息苦しさを感じなくもない。
仕事に集中できるよう、執務室の壁は他と比べ厚くなっているが、それでもあの連日の叫び声が聞こえないのはおかしい。
思えば、今日一日ずっとあいつの叫び声を聞いていない。
いや、違うな。
もっと前からだ。
ようやく大人しくなったか、くらいにしか思ってなかったが、それにしては姿が見えないのもおかしい。
不安に思い、席を立ち上がる。
そのまま扉を開け、奴の部屋へと向かう。
城の様子はいつもと、何ら変わった様子はなかった。城の警備をする衛兵、清掃を行う使用人、夕食の下準備をする料理人。
だがーー。
グラセルの様子が見えないーー。
まさか……。
悪い方へと思考が働く。
この城を出ていったのか?
いつ?
俺の目に触れずに?
それは絶対に無理だ。
そんなこと出来るわけがない。
百目は決して奴を見逃したりしない。
だが……。
では、なぜ今見えない?
動揺しているからか?
体調でも悪いのか?
嫌、そんなわけない。
今までそんなことはなかった。
グラセルーー。
一体何をしているーー?
不安が募り、自然と早足にはる。
すれ違う使用人たちの姿も目に入らないほどに、頭の中はグラセルでいっぱいだった。
* * * * *
「グラセル、入るぞ」
部屋の前で一言かけて、扉を開ける。
部屋はもぬけの殻だーー。
扉を開けて、すぐ目の前に大きな窓がある。窓は硬く閉じられていた。
窓の手前には丸テーブルと椅子が一脚。
部屋の中は他に、壁際に本棚があるくらいで人が隠れられそうな場所はない。
奥の寝室に向かう。
そこの扉を開けるが、そこにも姿は見えない。
まさかーー。
そんなまさかーー。
ベッドの下、衣装ダンスの中、一つ一つ確認するが姿はない。
まさか、本当に……。
「……出ていったのか?」
俺の目に触れることなく、城を出たというのか?
そんなこと、神でもない限り不可能だ。
この百目に見落としなどはあり得ない。
しかし、ここにグラセルはいない。
逃げたというのか?
ここから?
俺から?
ベキッ。
寝室の扉が音をたてて割れた。
沸々と怒りが込み上げてくる。
「……へ、陛下。どうなさいました?」
音に気付いて、慌てて来たのだろう。
振り返れば城の衛兵がそこにいた。
「……ひっ」
俺を見て一歩後退り、顔をひきつらせる衛兵。
「グラセルを探せ。そして、一刻も早く城に連れ戻せ」
「は、はい」
命令すると慌てて部屋を出ていく。
どうやら、怯えさせてしまったようだ。
自分が冷静でないことに気付き、一度深呼吸する。
すると、少し頭が冷静になる。
グラセル一人では俺に見つからず出ていくことは、出来ないだろう。
協力者がいたはずだ。
一体誰が協力したーー?
舐めた真似をしてくれたものだ。
このテオドアに刃向かうとどうなるか、覚えていろよ。
死よりも苦しい地獄を与えてやる。