傘の魔女~6~
窓から見える空はどんよりと曇り、今にも雨が降りだしそうだった。
その為明かりをつけていない屋敷は、昼でも薄暗かった。
「ねぇ? 貴女は覚えているかしら?」
私と初めて出会った日のことーー。
誰もいない部屋で一人呟いた。
私はまるで、昨日のことのように覚えている。
貴女と出会い私の人生は変わった。
私自身も変わった。
窓硝子に触れれば、それはひんやりと冷たかった。
あの子達と同じーー。
私の愛しい子供達は、遥か昔にこの世を去った。
私を残してーー。
あの子達もこんな風に冷たかった。
思い出すと、一筋の涙が頬を伝う。
ああ。愛しい人を失うことは、いつだって悲しい。
けれど、私が愛した人は皆私よりも先に逝ってしまう。
悲しいけれど、仕方のないことでもある。
「やぁ、やぁ、麗しき女神殿」
突然リズミカルな口調で、そう呼ばれた。
声のした方を見れば、黒いシルクハットを被ったシャム猫が一匹、そこにいた。
顔と、耳、それから手足が黒く、胴体は白い。
「泣いているの? 可哀想だね」
猫は口を開いて笑った。
「何のようですの? アルプ」
涙を手の甲で拭い、問いかける。
猫ーーアルプは、尻尾を揺らしてこちらへ近付いてくる。
「可哀想だね」
その言葉に眉を寄せた。
不愉快だ……。
「貴方ごときに、可哀想だなんて言われる筋合いはありませんわ」
冷たくアルプを見下ろす。
「ごめんごめん。怒らないでよ」
子供みたいな舌足らずなしゃべり方が、妙に癇に障った。
「今日はね。良い話を持ってきたんだ」
彼か、彼女か、声だけでは判別が出来ない。
アルプの本当の姿を見たことはない。
けれど、この猫の姿が本当の姿ではないことだけは確かだ。
「……何ですの?」
「あれぇ? 僕の話、聞いてくれるのぉ?」
間延びした口調で言われる。
イラッとしたので、尻尾をめがけて、氷柱の形をした小さな氷の刃を落とす。
トスっと音がして、刃は床に刺さるがアルプは上手く避けたようだ。
まぁ、この程度を避けられないようならば、とっくの昔に私が手を下している。
「ごめんごめん。怒らないでよ。軽い常套句だよ」
ちょこんと床に座った猫の姿は可愛らしいが、その中身の性悪なこと。
「早く言ってくださいます?」
アルプはうんうん、といった感じで頷く。
「ほら、あの男が目障りだって言ってたでしょう?でも、ガードが固くて手を出せないって」
確かに、そういうことを言ったがそれがどうしたというのか。
「良い日があるよぉ。この日だったら、やり方さえ上手くやれば、確実に殺せる。どう?」
猫の口でニヤリと笑う。
一体どうやっているのか疑問だ。
「……いつですの?」
「アハハ。信じてくれるのぉ?」
からかうような口調。
「……お遊びもいい加減にしなさい」
ドスッと音がして、先程より一回りも大きな氷の刃が床に突き刺さる。
間一髪で、アルプは避けたが尻尾をかすったようだった。
「ごめん。冗談だよ。怒らないで」
焦ったように謝るアルプ。
最初からそうしていれば良いのだ。
「来週だよ。来週の安息日。この日なら殺せるよ。舞踏会があるんだ」
舞踏会……。
それなら、簡単に入り込めるだろう。
「あとは、言わなくても分かるよね?」
アルプはそう言うと、そそくさと出ていこうとする。
「それだけ言いに来たんですの?」
尋ねると、足を止めて振り返る。
「そうだよ。僕は皆に優しいんだから」
上手くやりなよ。
そう言って、闇に溶けて消える。
優しい?
どこが?
貴方は自分の都合の良いように、人を動かしたいだけでしょう?
「私は人ではありませんけれど」
来週の安息日か……。
それまでに準備を進めなければ。
まずは、情報が欲しい。
あの男がその日参加する舞踏会を突き止めなくては。
それから、招待状だ。
やることは沢山ある。
けれど、やっとあの男を殺せるかと思うとワクワクした。
今までもチャンスはあったが、あと一歩及ばずにいたのだ。
やっと。
あの男を殺せる。
「クスッ。ウフフ。アハハハ」
笑いが止まらない。
「アハハハハハハハハハハハ」
ああ。
私は狂っている。
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