光闇に生きる調整者~2~
ああ。苛立たしい。
あの女、また殺したのか。
全く面倒だ。
何て邪魔なのだろう?
殺してしまおうか?
嫌、それは出来ない。
ならば、どうするーー?
暗い部屋には、窓は一つもない。
テーブルと椅子を置けばもう人、一人立つのがやっとという狭い部屋の中に俺はいた。
「……苛立っているね」
声のしたほうを見れば、部屋の扉の前に若い男が立っていた。
先程まで俺は一人椅子に座っていた。
部屋の中には誰もいなかった。
扉が開く音もしなかった。
それなのに、男は部屋の中に立っていた。
しかし、俺は驚かなかった。
この男なら、音を立てずに扉を開けることも、部屋に入ることも容易く出来る。
「勝手に入ってくるなよ。狭い……」
只でさえ狭い部屋は、もっと狭く感じられた。
「いいじゃないか。嫌なら部屋をもっと広くすればいい」
男はそう笑う。
「それより、あそこにいるのは何だい?」
あそこ。
俺にはそれがどこを指しているのか、言われなくても分かった。
「影武者みたいなものだ。分身と言い換えても良い」
俺がそう答えると、暗闇の中で男は笑った。
「へぇ。凄いね。君はそんなことも出来るのか」
「……何のようだ? 砂漠に行ってたんじゃないのか?」
男の感心を無視して、尋ねる。
確か、以前会った時は砂漠の国に行くと言っていたはずだが。
「ああ。行ってきた帰りだよ。……何だか面白いことをしているみたいだね」
最後の一言は、俺を責めて言っているいるのか、それとも単に言ってみただけなのか。
「お前ほどじゃないさ」
そう返すと、奴は目をぱちくりとさせた。
それから、目を細めて笑う。
よく、笑う奴だ。
何を考えているのか分からないし、気味の悪い。
そう思ってから、俺も他人のことを言えないかと自嘲する。
「そうだね。……ねぇ、ウピル。君から見る世界はどんな色をしている?」
銀の髪が暗い部屋の中でもはっきりと見えた。
「色ねぇ? 面白いことを問いかけるな」
笑う男の顔。
色? そんなもの、俺の世界には存在しない。
「……お前の色なら、聞かなくても分かるな。どうせ、灰色なんだろう?」
そう言うと、男はさらに笑みを深める。
「そうだよ。かつて、私の世界は様々な色に満ちていた。だが、今じゃあ全てが灰色に染まってしまった。かつての色鮮やかな世界を取り戻したいと思うのは当然の帰結だと思わないかい?」
「さぁな」
肩をすくめて、応えた。
椅子から立ち上がる。
「あれ? でかけるのかい?」
「ああ」
扉から出るには、男が邪魔だ。
だが、扉から出ずともこの部屋から出ることは出来る。
ーー。
目を閉じる。
その直前、男の薄気味悪い笑みが見えた。
* * * * *
次に目を開けば、見慣れた部屋に俺はいる。
分身が今までいた場所だ。
分身なんて、言ってるが正確には分身ではない。
これは、俺の体の一部のようなものだ。
けれど、それを他人に言ったところで理解は出来ないだろう。
だから、言わない。
まだ、彼は戻ってきていなかった。
「……随分と長いな」
ぼそりと呟いた。
「本当ですねー」
隣でソバカスの目立つ青年が相づちを打つ。
見事な金髪。まだ若い。
一体こいつの血はどんな味がするのか。
興味深くはあるが、今のところそれを確かめるつもりない。
まだ、ここでやることがあるからな。
「いないうちに一眠りしとくかなー」
そう言いながら、背伸びをする。
ついでに欠伸も。
眠いのは事実だ。
夜更かしは得意だが、早起きは苦手だ。
朝日は天敵でもある。
浴びたところで、物語の怪物のように死にはしないが……。
「あー。駄目ですよ」
ソバカスが注意する。
「分かってるよ」
苦笑しながら、答えた。
一体この世界はこれから、どのように転がっていくのか。
長い時を生きる俺には人間の一生など瞬きのようなものだ。
人間とはそんな矮小な存在だというのに。
なんと恐ろしいのだろうか。
そんな存在が、全てが生きる世界に影響するとはーー。
面白い。
考えれば、考えるほどに。
ゾクゾクとする。
一体どんな世界を見せてくれるのか。
俺を楽しませてくれ。
思い通りにならない世界は、苛立たしく、けれど何て充実しているのだろうーー!