リコリスの恋人~16~
「死相が出てるぜ」
部隊の部屋に入って、真っ先にガーゼルにそう言われる。
「……前にも言われましたよ」
自分の席に着きつつ、言い返す。
しかし、ガーゼルは依然として同じ言葉を繰り返す。
「死相が出てる。……冗談じゃないぜ」
いつになく、真剣な顔だった。
「ちゃんと鏡見たのか? どうせ、また寝てないんだろう」
「……少しは寝ましたよ」
ちゃんと眠れたのは三十分程度だったが……。
「前にも言ったけどさ。お前、被害者に感情移入しすぎなんだよ」
どうやら、ガーゼルは少し怒っているようだった。
「……分かってますよ」
「いや、お前は分かってない」
一応、自分でも多少の自覚はあったので、言い返すが即座に否定される。
「死んでった奴に一々思い入れしてったら、キリがないぞ。いい加減切り捨てて、割り切ることも覚えろよ」
彼が言うことは正しい。
自分も分かってはいる。
分かってはいるのだけれどーー。
「まあまあ、その辺にしてやれよ。ガーゼル」
そう言って俺の席に近付いてきたのは、ソート准尉だった。
「俺もミヒャエルのそういうとこ、どうかとは思ってるよ? でも、それがミヒャエルの美点でもあるだろう」
笑ってそう言うソート准尉。
「……そうですけど」
不満そうながらも、黙るガーゼル。
それを見て、満足げに頷くソート准尉。
「それじゃあ、ちょっとこいつ借りてくな」
そう言って俺の腕を引っ張る。
「わっ」
いきなり、引っ張られたので軽くよろける。
そのまま引きずられるようにして、部屋の外へと連れ出されるのであった。
……何だか前にもこんなことあったなーー。
* * * * *
「何で連れてこられたか、分かってるよな?」
空いている訓練部屋に連れてこられ、いつもとは打って変わった厳しい口調でそう言われる。
「……はい」
ガーゼルの前では、笑っていたが彼もまたガーゼルと同じように思っているのだろう。
「班長である自分が一番しっかりしてなくてはいけないのに、自分が」
「分かってるなら、もっとしっかりしろ。ガーゼルに言われるようなことしてんじゃねぇよ」
俺の言葉を途中で遮り、そう言う。
本当は班長である俺がこんな情けない様子じゃいけないのだ。
「さっきもいったけど、お前のそういうとこ美徳だと思ってるよ」
でもな、とソート准尉は続ける。
「お前は人を引っ張ってく立場にいるんだ。それなのに、一々死んだ人間のこと気にしてフラフラして、班員に心配かけてる」
ガーゼルは怒っていた。
俺を心配していたから、怒っていたのだろう。
ソート准尉の目を見れば、彼も怒っていた。
彼も俺を心配してくれているのだろうか?
「上に立つ人間がそれでどうするんだよ? 死んだ人間のことばっか考えて、今生きている奴らを見殺しにするのか?」
ソート准尉の言葉は厳しく、自分の胸にズキズキと突き刺さる。
しかし、彼は間違ったことは一つも言っていない。
「しっかり、切り替えろ。それが出来ないならやめちまえ」
何を、とソート准尉は言わなかった。
他者に感情移入することか。
それとも、軍をかーー。
「ーー」
すみません。
そう謝ろうとした。
が、ーー。
「……悪い。言い過ぎた」
顔を抑えて、謝るソート准尉。
「俺もお前に言えた立場じゃない」
悪いーー、と彼は謝った。
「……いえ、ソート准尉。あなたの言うことは正しい」
皆、辛い。
次々と人が殺され、住人からは苦情を言われ、上からは早く犯人を捕まえろとせっつかれる。
ろくに睡眠時間も取れない日々が続いている。
疲れてもいるだろう。
けれど、それを見せずに頑張っているのだ。
「あなたやガーゼルが、俺を叱ってくれるので甘えてるのかもしれません」
「……甘えるのは彼女だけにしろよ」
いつものような軽口で返してきたソート准尉。
すみません。そう言おうとして、口をつぐむ。
「……ありがとうございます。ソート准尉」
感謝の言葉を告げると、照れたようにそっぽを向いて頭を掻く。
「全く……。同僚に上司みたいなことさせるんじゃねぇよ」
「はい。では、善処します」
そう応えると、そうしてくれ、と彼は笑った。
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