砂漠に住む魔物~17~
一体、何を、どこで、間違えたのだろうか?
どうして?
何故?
彼女は死んでしまったのか?
一体、俺は何を間違えたんだ?
どうして、彼女が死ななければならない。
考えても答えは出ず。
どれだけ嘆こうとも、ラストが戻ってくることはない。
この声の限り叫んだところで、ラストに届くはずもないーー。
それでも叫ばずにはいられない。
そうしていないと、正気を保っていられない。
いやーー。
もう俺は正気じゃないのかもしれない。
それなら、いっそ何も分からなくなるほど壊れてしまいたい。
ラストがいない世界で生きる意味なんてない。
どうしてーー
俺は迷ってしまったのだろうか?
あの場所で、迷ってしまった。
あの少女が、ラストとダブって見えた。
自分を化け物だという彼女が、ラストと重なって見えた。
だから、迷ってしまった。
連れて行くことは彼女の為にはならない。
ラストの正体を知られれば、生かしておくわけにはいかなくなっただろう。
あの場で殺さず、生きたままラストの元へ連れて行ったところで、少女は、ティナシィーは殺すしかなかったと思う。
だから、連れ出すことを迷った。
ラストと似た少女を殺すことをためらった。
それが、結果的にラストを殺すことになった。
どれだけ、後悔しても過ぎた時間はもう戻らない。
俺の迷いが彼女を殺した。
もう、ラストは戻ってこない。
もし、もう一度だけチャンスを貰えるのなら、今度は迷ったりしない。
ラストの為。俺自身の為。
たとえ、何を犠牲にしてでも目的を遂げてみせるのにーー。
「ああああああああああ」
ああ。ラスト。
返ってきてーー。
「可哀想に……。壊れてしまったのか?」
叫ぶ俺の耳に入ったのは、低い男の声だった。
その声にハッとして、部屋を見渡す。
俺がいるのは寝室で、あるのはベッドやタンスなど。
いるのは、俺一人きりのはずだった。
しかし、窓のところに腰掛けた、一人のお男の姿があった。
窓にはガラスは嵌められていない。
まさか、そこから入ってきたのか?
馬鹿なーー。
ここは、三階だ。地上から一体何メートルあると思ってるんだ。
男の顔は初めて見る顔だった。
この国の人間ではない。
病的な程に白い肌と、銀の髪をしていた。
見た目は父と同じくらいの年齢に見える。
服装もこの国とは違った。
かつて、父を訪ねてきたどこかの国の大臣と同じような格好をしている。
白いシャツと、黒い変わった羽織ものを着ている。ズボンも上と同じ黒で、この国の人間が着ているようなものとは違い、もっと細くて動きづらそうだ。
「……誰だ?」
問いかける声は叫び続けたせいか、かすれていた。
「私が誰か? そんなことはどうでもいい」
男はそう言って窓辺から俺のいるところまで近付いてきた。
オレンジの絨毯が敷かれた床に座り込んだ俺の視界に写ったのは男が履いた皮で出来た靴。靴もまたこの国のものとは違っているようだ。
けれど、男が話す言葉は確かにこの国の言葉だった。
外国人特有の訛りもない。
「大切なのは、君がどうしたいか、だ」
男は俺を見下ろして笑った。
その笑みがぞっとするほど、恐ろしかった。
「……俺が、どうしたいか?」
恐ろしいのに、俺は目の前の男から目が離せずにいた。
俺がそう言うと、男は頷いた。
「君の愛しい彼女を生き返らせることが出来るとしたら、君はどうする?」
ーー!?
衝撃が走った。
……今、何て?
「……ラストを、取り戻せるのかーー?」
男の足にすがり、問う。
男は俺の肩に手を置いて優しく微笑む。
そして、ゆっくりと頷いた。
「ーー本当に?」
再度問う俺に男は微笑む。
「ああ。取り戻せるよ。その為に君は何を捨てられる?」
まるで、悪魔の甘言だ。
その言葉に惑わされたが最後、何もかもを失う。
けれどーー。
もしラストを取り戻せるのならば、それで構わない。
「何でもする。ラストを取り戻せるのなら、命だって捨てられる」
男の手を掴んだ。
「本当に戻るのか? 本当に生き返るのか?」
男は微笑む。その笑みは美しく、それでいて冷酷にさえ見えた。
「ああ、勿論。けれど、失敗は許されないよ」
囁くように、惑わすように男は言った。
この男は本当に悪魔なのかもしれない。
それでも構わない。
「いいかい。生き返らせるには、生き返らせる者の体が必要不可欠だ」
体……。
でも、ラストは体は焼かれてしまった。
それでは、ラストは生き返れないのか?
「なかったら、最悪頭部だけでもいい。他は代用も出来るからね」
いいかい、と子供に言い聞かせるように彼は、生き返らせるのに必要な物を俺に教えていった。
そうして、最後にこう言った。
「今、教えた物を集めたら、ここから北西に向かうんだ。そこにはエルフが住む森がある。そこで、木の巫女に死者蘇生の術を使える者を教えてもらうと良い」
俺は黙って男の言葉に頷いた。
「そしたら、その者のところに行って彼女を生き返らせてもらうだけだ」
男は優しく微笑む。
紫色の瞳が妖しく煌めいていた。
「いいかい。迷ってはいけないよ。大事なのは、自分にとって大切なものを見誤らないことだ。そして、躊躇わないことだよ」
俺は静かに男の言葉に頷く。
男は最初に見た時と同じように、窓に腰掛ける。
「君にとって大切なのは彼女だ。それを忘れないようにね」
そう言ったかと思うと、男はそのまま後ろへと倒れた。
窓の下は地面だ。
俺は驚き、慌てて窓に駆け寄った。
王宮は少し丘になったところにあり、この部屋の窓はちょうど斜面の上にある。その為、普通の三階よりも高い位置にある。
落ちたらただでは済まないどころか、死さえありえる。
潰れたのではないかと、恐る恐る下を覗くとそこには何もない。
鳥のように飛んだのかと、辺りを見回すも夜の闇が広がるばかり。
やはり、悪魔だったのだろうか?
俺は窓から離れ、椅子に座る。
そうして少ししてから、旅の準備を始める為に立ち上がったーー。
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