リコリスの恋人~14~
あの日、俺は全てを失ったーー。
* * * * *
俺が生まれたのは、セオリア帝国の東端に位置する名もない小さな村だった。
貧しい村ではあったが、笑顔に溢れていた。
皆顔見知りで、村人全員が家族のようなものだった。
そんな小さな村に、突然降りかかった災厄ーー。
よく晴れた日の昼下がりの出来事、一人の圧倒的な存在が、村を滅ぼした。
* * * * *
見上げた空は晴天で、雲一つない青空が広がっていたのをよく覚えている。
そんなよく晴れた日、災厄がやってきた。
ふと空に浮かんだ黒い影に気付いた。
よく見ればそれは人の姿をしていた。
逆行で顔を見ることは出来なかったが、銀の髪が光に反射して煌めいていたのが分かった。
その宙に浮く姿を見た時、俺はあれが天使なのだと一瞬思った。
魔法とは縁遠い村だった為、空に浮かぶのは鳥か天使でもない限り無理だと思っていたのだ。
少なくとも鳥ではないことは確かだったので、羽はないけれどきっと天使だと思った。
いつの間にか表れたその人影が手を頭上にあげると、その先に火の玉が出現した。火の玉はみるみると大きくなり、そこから村へと炎がが降り注ぐ。
それはまるで、雨のようにーー。
一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。
友人の一人が、逃げよう、そう言った。その一言でようやく、自分の身に危険が迫っていることが分かった。
人影よりも巨大になった火の玉から次々と火の雨が村へと、そして人へと降り注いだ。
火の雨は家屋を燃やし、家畜を燃やし、あっという間に村は火の海へと化した。
逃げ惑う者、戸惑う者、泣き叫ぶ者、神に祈る者、助けを求める者、様々な者が入り交じって、あちこちから聞こえてくるのは悲鳴と怒号。
恐慌状態に陥った村人達に追い討ちをかけるかのように、次に降り注いだのは火で出来た槍。
巨大な火の玉から、槍の形をした炎が人へと向かって放出された。
次々と炎の槍で貫かれる顔見知りの人々。
炎の槍は頭を貫き、背を貫き、足を貫く。
そして、貫いた部分からじわじわと燃えていく。
圧倒的な力の前になす術もなく、殺されていく大切な人達。
まるで、天罰のようだ。
神が人を断罪しているかのよう。
そんなことを俺は思った。
狭い村の中を、どう逃げたのか。
全く覚えていない。
一緒に逃げていた友人ともはぐれてしまい、気付いたら火の雨も槍も、降ってはいなかった。空に浮かんだ人影も当然のようにいなくなっていた。
助かったのだ。
それを理解した瞬間、
心の底から、神に感謝したーー。
* * * * *
俺の母は信心深い人だったのだと思う。
大天使ミカエルを信仰し、俺の名前もそこからつけられた。
ご加護を受けられるようにと。
そんな母に育てられたせいか、子供の頃は俺も信心深かったように思う。
日に三度は、家に置いてある小さなミカエル像に祈りを捧げていた。
だからか、当時俺はあの日起きた出来事を天罰だと思った。
罪深い人間を断罪しに、神の使者がやってきたのだとーー。
しかし、実際にそうだったのかと問われれば、分からないとしか答えられない。
圧倒的に力を持った存在ということは、分かっているがそれ以外は何も分かっていないのだ。
本当に神の使者だったのかもしれないし、単なる大量殺人鬼だったのかもしれない。
真相は闇の中だ。
片田舎にある村だ。
誰も調べてくれやしない。
たとえ、いたとしても、生き残った人間は俺、ただ一人きり。情報が少なすぎる。
皆、あの日死んでしまった。
火の雨に打たれ、炎の槍で貫かれ、火の海に沈んでいった。
家も家畜も人も、あの日皆燃えて灰になった。
その時、俺は十五歳だった。
家族も村も失って、俺は軍への入隊を決めた。
復讐の為ではなかった。
俺はただーー。
理不尽に耐えられなかっただけだ。
弱いが故に、圧倒的な力の前に跪くことしか出来ない自分が嫌だった。
どれほど理不尽なことでも、それに抗えない自分自身が嫌で堪らなかった。
だから、強さが欲しかった。
理不尽に抗えるだけの強さが、理不尽から大切な人を守れるだけの強さが欲しくて、軍に入隊した。
村を出るとき、最後に見た光景は燃え尽き、灰になった家屋。
それから、人を貫き地面に刺さった炎の槍。
人はもうすでに、黒焦げになり崩れかけていた。
それでも尚、火で出来た槍は燃えている。
村中が鼻を付くような異臭に満ちていた。
俺はあの光景を、あの臭いを、忘れていない。
もう二度とあんなことーー。
そう思えばこそ、辛い試験も訓練も耐えられた。
* * * * *
あれから、十数年の歳月が経った。
俺はあの日望んだ強さを手に入れられたのか、まだ分からないーー。
月明かりに照らされ輝く氷の刃は、溶ける気配が微塵もなかった。
その様子は、人が崩れ落ちるほど灰になっていても尚、燃え続けた炎の槍を連想させた。
可哀想に……。
彼女もあの日の家族や友人と同じように、理不尽に死んだのだ。
可哀想に……。
腹の底にぐるぐると重苦しい何かが溜まっていく。
そんな気がしたーー。
誤字脱字がありましたら、ご指摘お願いします。
感想頂けたら嬉しいです。