リコリスの恋人~13~
月明かりに照らされているのは、氷の刃。
光を反射し煌めくそれは、空から落ちてきてそのまま地面に突き刺さったかのように見えた。
まるでーー。
神が人を断罪しているようだ。
そんな、印象を抱いたーー。
ガーゼルが女性に近寄り、その安否を確認する。
だが、確認しなくても何となく分かってはいた。
もうダメだとーー。
女性の側に屈みこみ、首に手を触れて脈を確かめていたガーゼルが首を横に降る。
「死んでるな。……大分冷たくなっているから、死んでからそれなりに時間がたっていると思うぜ」
その言葉が酷く遠くに聞こえたのは何故だろう。
死体を見るのは、初めてではない。
人を、殺したことがないわけでもない。
それでもーー。
酷く動揺している自分がいた。
「……例の犯人の仕業だと思うか?」
隣に立つソート准尉が俺に聞いた。
例の犯人、というのは連続殺人鬼のことをいっているのだろう。
俺は少し黙った。
視線を女性の死体から離せずにいたーー。
「……分かりません」
絞り出すように、言う。
「例の連続殺人は死体がバラバラに切り刻まれていたり、臓器が引きずり出されています」
だが、この遺体はーー。
「腹部に数回刺された傷があるな。でも切り刻まれちゃいないし、臓器もぱっと見出てないな」
遺体を検分していたガーゼルが言う。
俺はその言葉に頷いた。
「……灰色ってところか」
ポツリと言ったソート准尉。
時期的に見れば、同一犯の可能性を否定出来ない。
だが、今までの殺人とは明らかに様子が違う。
「同一犯だと楽なんだけどな」
「不謹慎ですよ、ソート准尉」
ソート准尉を嗜めて、遺体の側に近付く。
よく見れば見るほど、見事な氷の刃だった。
氷で出来ているにも関わらず、一切溶けていなかった。
夜風は冷たいが、この程度の寒さで氷が溶けないわけがない。
魔法の産物か……。
「専門が見てみないと分かんねぇけど、多分ここ数時間かな」
「死亡推定時刻か?」
ガーゼルの言葉にソート准尉が聞き返す。
ソート准尉の質問にガーゼルは頷いた。
「触ってみたけど、まだ死後硬直が始まっていないからな。内蔵とかは分かんねぇけど」
立ち上がりつつ、そう言うガーゼル。
「……とりあえず軍に連絡しますか」
自分の提案に他二人が頷く。
ガーゼルが屯所へと走り、ソート准尉と俺は遺体の側で待っていることにした。
* * * * *
「これは俺の直感だがな。多分同一犯だ」
ガーゼルを待っている間、ソート准尉はそう言った。
「……根拠は?」
ないって言うのだろうな。そう思いつつも尋ねた。
「ない」
きっぱりと言い切るソート准尉。
ほら、やはり思った通り。
「だが、共通点がある」
その言葉に彼の顔をぱっと見る。
真剣な表情で見ているのは遺体。……いや、氷の刃だ。
「どちらも犯行には、高度な魔法の技術が必要だ」
確かに、連続殺人では魔法の使用が確認されている。しかも、それなりに高度な魔法だ。
氷の刃は、作るだけなら魔法使いなら誰でも出来る。
だが、数時間の間、溶けもせず消えもしない氷、となると話は別だ。
かなり高度な魔法になるので、使えるのは力の強い魔法使いになる。
「……それだけではな、まだ何とも言えませんよ」
そうは言ったものの、彼の言うことも一理ある。
「分かってるよ。だから、勘だって言ったろ」
暗い沈黙。
夜風は冷たく、体温を奪っていく。
「……煙草でも吸いたい気分だ」
夜空を見上げて呟くソート准尉。
「……止めたんじゃなかったんですか?」
「……ああ。だから、吸ってないだろ」
笑いながら、彼は答えた。
月明かりは俺達と、冷たく固くなっていく彼女を照らしていた。
思い出したのは、ロゼの髪飾り。
これじゃあ、本当に予言していたみたいだーー。
天から落ちた剣は、罪深き人を断罪する。
まるで、あの日みたいだーー。
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