リコリスの恋人~12~
月が傾いた頃、ようやく仮面舞踏会は終わった。
酔いを醒ましながら歩く帰り道。
「……疲れた」
思わず、そう呟くとソート准尉に笑われる。
「珍しいな。お前がそんな風に言うなんて」
「ああいう場は苦手なんですよ」
苦笑しながら答える。
夜はすっかり深まり、道に人気は無い。
「俺も疲れたわー。こういうの久しぶりだったしさ」
前を歩くガーゼルが頭の後ろで腕を組みながら言う。
「そう言うが、お前が一番楽しそうにしてなかったか?」
ソート准尉がガーゼルをからかうように言った。
すると、ガーゼルは立ち止まる。
ガーゼルが立ち止まったので、必然的にソート准尉と自分も立ち止まる。
振り返った彼は満面の笑みでーー。
「あ、バレました?」
「バレました? じゃない。バレバレだ」
二人とも楽しそうだ。
暗い静かな夜道に笑い声が響く。
きっとどこかの酔っ払いが騒いでると思われるのだろうな。
「……二人とも楽しそうにしてますが、何か成果はあったんですか?」
自分がそう尋ねると二人とも、痛いところを突かれたという顔をする。
ああ。何もなかったんだな……。
「何も無しですか。まぁ、自分も人のことを言えませんが……」
誰一人として成果を得られなかったのか……。
犯人が巧妙に隠れているのか、それとも元々仮面舞踏会は無関係なのか。
判別が現段階ではつかないな……。
「さりげなく、被害者のことは聞いて回ったんだがな。特にこれといった手がかりはなしだ」
再び歩きだしながら、ソート准尉は言う。
「被害者が親しくしていた人物に共通点はないし、その日初めて知り合ったのかとも考えたが、特に事件当日に親しげに話していた人物もなし。やっぱり単なる偶然かもしれないな」
ソート准尉の言葉に、ガーゼルは頷いている。
彼も同じだったらしい。
「なるほど……」
また、元の八方塞がりに戻ってしまったようだ。
まぁ、そう簡単に解決に近づけるとは思っていなかったが。
出来れば、もう一度くらい仮面舞踏会に参加して調査したいところだが、招待状がなければ参加は不可能。招待状の入手は難しいだろうな……。
「--っ痛」
考えながら歩いていると、前を歩いていたガーゼルにぶつかる。
見ると、ガーゼルは立ち止まっている。
「急に立ち止まってどうしたんですか?」
尋ねると、顔だけこちらに向けた。
「何か、臭くないか?」
そう言う彼は、顔を少し顰めている。
言われてすんすんと辺りの匂いを嗅いでみる。
確かにガーゼルの言うとおり、少し異臭がした。
「確かにちょと何か臭うな」
ソート准尉が言う。
どこかで嗅いだことのある臭いだった。
「よく気づきましたね。どこからか臭うか分かりますか?」
いつもの彼なら、俺は鼻が人よりも良いからな、と自慢してきそうなものなのに今はそうしなかった。
その真剣な表情に若干気圧される。
「……多分、こっちだ」
そう言って、ガーゼルは歩き出す。
俺とソート准尉は黙ってその後について行った。
* * * * *
臭いを辿りながら、徐々に裏道へとはいっていった。
徐々に臭いは濃くなって、俺はその臭いの正体に気付いた。
きっと、二人も気付いているだろう。
いや、ガーゼルは最初から気付いていたのかもしれない。
でも、二人とも何も言わなかった。
黙って臭いの元へと歩いた。
臭いの元は、裏道の少し奥まったところ、角を曲がればすぐそこにあった。
石畳の道に、赤い水溜り。
地面に突き刺された、女の姿がそこにはあったーー。
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