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光闇に生きる調整者~1~

 窓から月明かりが射し込み、俺の足元を照らす。

 灯りの点いていない廊下には、月明かりだけでは少し物足りない。




 俺の右手には窓が等間隔に並び、左手には何の絵かさっぱり分からない絵画が飾られている。

 夜の闇の中、響く俺の足音。

 そして、光る目。





 窓辺に立ち、外を眺める一人の男がいた。




 ところどころ白く染まった黒髪と、その顔には刻まれたしわが見える。

 男は俺に気付き、こちらを向いた。

「これはこれは、ウピル殿。どうされましたかな?」

 どこか他人行儀な言い方だった。

 どうやら、機嫌が悪いらしい。




 男の問いに俺は肩をすくめてみせる。

「別にどうもしてないが。それよりお前のほうこそ良いのか? 主催者が会場にいなくて」

 目の前にいる男の名は、レイノン。爵位は伯爵。

 今この屋敷の大広間で行われている仮面舞踏会の主催者だ。




「私がいなくとも客は勝手に踊ってくれますので」

 そんなことよりも、とレイノン伯は続ける。

随分ずいぶん小賢こざかしい生き物が混じっているようですが、ねずみを紛れ込ませたのはウピル殿ですかな?」

 レイノン伯は目を細めて、こちらを睨む。




 なるほど。機嫌が悪い理由はそれか。

 聞かずとも分かっているくせに……。

 わざわざ俺の口から言わせて、言質げんちでもとろうと言うのか。




「だったら、どうだというんだ? 俺を殺すか?」

 俺がそう挑発すると、レイノン伯は視線を反らした。

 顔に刻まれたしわは決して彼の年齢を表しているわけではない。

 見た目は俺のほうが若いが、実際の年齢は俺のほうが奴よりも年上だ。俺は奴よりも格上で、力も遥かに強い。




 俺に逆らって生きていけるのか? お前は。




 レイノン伯は少し沈黙した後、ゆっくりと口を開く。

「いえ。構いませぬが、あまり勝手をされても困ります。私は……ウピル殿ほど強くはありませんので、万が一正体がバレたらーー」

「案ずるなロビショメン。万が一にもバレるようなことにはならんさ」

 奴の言葉を遮って言う。




 レイノンは人の世での名前。

 本当の名はロビショメン。

 女の血ばかりを吸う吸血鬼だ。

 俺も彼も人から嫌われ、憎まれる吸血鬼。

 しかし、ロビショメンは人の血を吸っても殺すことは出来ない臆病者だ。




 仮面舞踏会を開いては、気に入った女に暗示をかけてその血をすする。しかし、血をすすって満足すると、暗示をといて女を解放してしまうのだ。

 勿論、暗示をかけられている最中女の意識はないから、女は血を吸われたことに気付かない。血を吸った跡も、舐めてやれば治る。

 女はちょっとぼーっとしてたな、ぐらいにしか思わないだろう。





 そうやって生きたまま人を解放することを快く思っていない同族は多く、吸血鬼のほとんどが彼を嫌っている。だから、彼が人間に殺されそうになっても、誰も彼を助けようとはしないだろう。



 吸血鬼は不死身ではない。

 弱点があり、勿論寿命だってある。

 不老不死、というのは人が作り上げた幻想にすぎない。




 軍にその存在がバレれば、人に害なす存在として殺されるか、実験台にされるか、解剖されるのがオチだろう。

 ましてや、彼は吸血鬼の中では弱いほうだ。

 人と比べれば身体能力は勝るが、数で攻められればひとたまりもない。

 故にロビショメンは誰よりも用心深い。





「……俺はお前が嫌いじゃないからな。万が一正体がバレた時は助けてやる。だから、鼠は我慢しろ」

 レイノン伯こと、ロビショメンは不満そうな顔ではあったが、了承し頷く。

 俺とロビショメンは古い付き合いだ。

 俺の頼みを奴は断らない。

 というよりは、断れないに近いか。

 それを知ってて無茶を言うのだから、我ながら酷いとは思う。




「何をなさろうとしてるのですか?」

 俺の顔を不安そうな顔で見つめるロビショメン。

 俺は奴から視線を反らし、窓の外を見た。

 月明かりが、窓硝子に反射して綺麗だった。






「……ちまたで噂の殺人鬼の話は知っているだろう」




 広間の演奏が遠くに聞こえた。

 奴が答えるのを待たずに、俺は次の言葉を紡ぐ。

「軍は犯人を追っているが、手がかりの一つも見つけられていない。殺人鬼は圧倒的に有利な状況だ」

 分かるか? そう問いかけると、奴は頷く。

「ええ。それは分かります。軍がただの人であるのに対し、相手は我々吸血鬼よりも遥か高みにいる存在です」

 ロビショメンの言葉に、俺は深く頷く。




「その通り。不公平だと思わないか?」



 俺は不公平だと思う。

 奴の顔に視線を戻せば、訝しげな顔をしている。

「私には、ウピル殿のお考えが分かりかねますが」



 俺は笑った。


 乾いた笑い声が、暗い廊下に響く。



「ハハハ。そうだろうな」

 誰も俺を理解出来ない。

 別に俺はそれで構わないけどな。

「俺はさ、ロビショメン。均衡の取れた世界が好きなんだよ」

 相手を諭すように言った。




「不公平、不平等、不均衡。それが俺は大嫌いなんだ。でも、世界はそう上手く回っちゃくれない。偏りだらけだ。だからーー」

 俺はきびすを返し、今来た廊下を戻った。




「俺が均衡を取ってやるんだよーー」

 偏りは俺が調整する。

 ちょっと情報を投げてやるだけでいい。

 ちょっとヒントを与えてやればいい。

 ちょっと力を貸すだけでいいんだ。

 それだけで、状況は一変する。



 ああ。






 均衡とは美しいーー。

誤字脱字があれば指摘して頂ければと思います。

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