百目の王~2~
突然音も立てずに現れた女は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「お久しぶりですわ。テオドア」
首もとまである襟、手首を隠す袖。相も変わらず、露出の少ないことだ。
「一体、何のようだ?」
玉座は一段高いところにあるので、必然と彼女を見下ろす形になる。
内心の喜色は決して見せず、高圧的に言ってみせた。
「あらあら。強がって、可愛らしいことですわね」
クスクスと笑う女性。
彼女は誰よりも俺に近い場所にいた女だ。
きっと分かっている。
俺がずっとお前に会いたかったこと。
俺がずっとお前を待っていたこと。
だが、俺がそう言ったところで、お前は何もしないだろう。
お前はそういう女だ。
「用がないなら、帰れ。仕事の邪魔だ」
「あら、せっかちな男は嫌われますわよ」
クスクスと笑い続けている。
全く腹のたつこと極まりない。
あからさまに不愉快な顔をしていると、彼女は笑うのを止めて真面目な顔する。
「水の巫女が死にましたわ」
冷たい目でこちらを、見上げる女。
「ほう。それは初耳だな」
本当は知っていたが、嘘をついた。
俺には目がある。
知らないことのほうが少ない。
女もそれを知っているだろうが、それでも嘘をついた。
「白々しいにも程がありますわ。知っていたくせに」
女は不愉快そうな顔をして言う。
俺は無表情で女を見下ろす。
「私、水の女神の命で巫女を殺した犯人を探しているのですわ」
俺は目を瞑って、返事をしなかった。
目を瞑りふと気付いた。いつの間にか叫び声が止んでいた。
ようやく、眠ったのか……。
それとも単に疲れはて気を失ったのか。
どちらでもいいがーー。
「水の女神は大層、落ち込んでいらっしゃいますのよ。何せ、水の巫女が死んだのは二回目ですもの」
彼女は俺に構わず話を続けている。
俺が聞いているかどうかなど関係ないのではないか、と思うほどに。
「以前は、グールが集団で襲ってきましたわ。今度は人間が殺しましたの。そこまでは分かっていますのよ」
ああ。そうだった。
そういえば、そんなこともあった。
随分と前のことだが。
まだ、グラセルが生まれる前の話。
巫女が沢山死んだ。
「で、何が言いたいんだ?」
目を開き、相手の本音を率直に聞く。
彼女は真っ直ぐこちらを見つめていた。
「テオドア。犯人を知っているのでしょう。大人しく差し出したほうが良くてよ」
なるほど。何もかもお見通し、というわけか。
面白い。
「クックッ」
面白い。面白いなぁ。
顔を押さえて笑いを堪える。
「あー。面白いよ、全く。お前と話すのは飽きんなぁ」
にぃっと笑い、玉座から立ち上がる。
「アルドゥラ。悪いが俺は何も知らんよ」
さぁ。お前はどうする?
分かっているのなら、俺を殺してでも奴を手にいれるか?
そうして、水の女神の御前に差し出すか?
ゆっくりと、前に歩き出し彼女の横を通りすぎる。
相手に背を向け、扉へと近付いていった。
「……庇っていらっしゃいますの?」
彼女は誰をとは言わずにそう言った。
ああーー。そうだろうよ。
お前にも出来ないだろう。
例え、主人の命だろうとなーー。
「何のことだか、さっぱりだな」
俺は扉に手をかけて言った。
この扉から出ていくのは何十年ぶりだろうか?
謁見の間の扉はこの一つだけではない。
普段は玉座の左手にある、扉から出入りしてるのだが、今はそこではなく目の前にあるこの扉から出たい気分だった。
一体最後にこの扉をくぐったのはいつだったか?
最後にくぐった時はまだ、人であった。
「アルドゥラ。お前は水の女神の使いで、水の女神の命に従わなきゃいけないだろうがな。俺はそうじゃない」
振り返らなくても、彼女の姿が見える。
比喩ではない。
実際に俺には見える。
背中に目がある。
俺の場合は、その言葉は比喩にはならない。
俺の体には至るところに目がある。
うなじにある目がお前を見つめている。
彼女は俺に背を向けて玉座のほうを見ている。
「……貴方は変わりませんのね」
アルドゥラはそうポツリと呟いた。
俺は聞こえなかったふりをして、扉を開け謁見の間を後にした。
謁見の間の両脇に立っていた兵士は、二人とも床に座り込み寝ていた。
彼女が魔法で眠らせたのだろう。
そのうちに起きるだろう。
そう思って、特に起こしたりはせずに自室へと向かう。
その最中、アルドゥラの言葉を思い出す。
「……お前の為に、俺は変わるわけにはいかないんだよ」
本人に言えば、笑うだろうから絶対に言いはしないけれど。
お前は他のどの女とも違い、決して俺の後を黙ってついてくるような女ではなかった。
俺が、生涯でただ一人愛した、否、愛している女。
それが、お前だ。
変わらないお前のために、俺は変わるわけにはいかないんだよ。
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