リコリスの恋人~9~
ロゼ……?
どうして、ここにーー。
と、思いかけて頭を振る。
確かにプラチナブロンドは珍しいが、何もロゼと決まったわけではない。
それに、仮に彼女であったとしても、ロゼは貴族だ。この場にいても、おかしくはない。
仮面で顔の半分を隠しているので、ロゼかどうかまでは判別がつかない。
おまけに、彼女の立っている場所と自分のいる場所とでは少し距離があり、途中には人もいる。
出来ることなら、もう少し近寄ってロゼかどうか確認したいところだが、人違いの可能性もあるし何より仕事中だ。
私情を優先すべき時ではない。
とは、思ったものの、やはり気になる……。
チラチラとそちらを伺っていると、目が合った。
まずい、そう思って内心の動揺を抑えつつ、不自然にならないように目をそらしたのだが。
気になり、もう一度そちらに目を向けるとーー。
!?
彼女はこちらを見ていた。
しまった!
と、思ったものの時既に遅し。
彼女はこちらに向かって来ていた。
この場を離れるべきか迷ったが、今離れたら不自然だと思いとどまる。
彼女はゆっくりとけれど確かな足取りでこちらへと歩み寄って来ていた。
目の前に立った彼女は仮面を付けていても尚、美しかった。
胸元の大きく開いた真っ赤なイブニングドレスは彼女の美しさをより一層引き立てていた。
結い上げた髪には真っ赤なリコリスの花の髪飾り。
「もし、よろしければ一曲踊ってくださいませんか?」
そう言って差し出された手には、手首までを隠したシルクの手袋をはめていた。
「……喜んで」
彼女の手を取って答える。
心臓がバクバクと早鐘を打っていた。
広がったスカートの裾を踏まないように、ゆっくりと歩き出す。
演奏に合わせてリズムをとる。
一週間で叩き込んだ付け焼き刃のダンスだったが、何とか出来ている。
彼女の足を踏まないように注意しながら、彼女の服装に目を向けていた。
肩を出したドレスは、上は体のラインを強調するデザインで正直目のやりどころに困る。下に向かうにつれボリュームを段々と大きくした感じで、広がったスカートにはふんだんにフリルとレースが使われている。
服の良し悪しはあまり分からないが、彼女にとてもよく似合っていた。
ただーー。
「先ほどから何を見ていらっしゃるのかしら?」
そう問われてハッとする。
思わずジロジロと見てしまったが、あまりに不躾であったと今更ながらに気づく。
「すみません。ついーー。貴女がとても綺麗だったので」
動揺してか、思ったことをそのまま口走ってしまう。
あ、ーー。
「……いえ、あの今のはーー」
特に他意はないーーそう続けようとしたのだが。
「うふふっ」
彼女から楽しげな笑い声が聞こえた。
仮面越しでも分かるほどに、彼女は笑っていた。
「面白いお方ですわ。踊りはこの辺にして、少しお話し致しませんこと?」
彼女のその提案で、キリの良いところでダンスの輪から抜ける。
その際も始終彼女はクスクスと笑っていた。
何が彼女のツボに入ったのか分からないが、どうやら面白かったらしい。
広間を抜けて、バルコニーへと出る。
夜風がとても気持ち良かった。
空には満天のとはいかないが、星空が広がっている。
故郷に比べれば見える星はずっと少ないが、それでもほ星空は美しかった。
「……ロゼ。君なのでしょう?」
彼女に背を向け、バルコニーの手すりから軽く身を乗りだして、星空を見上げながら尋ねた。
仮面で顔を半分を覆ったくらいでは、人を欺くほど顔を隠すことは出来ない。お洒落用の仮面なら尚更。
声まで聞いてしまえばすぐにロゼだと分かる。
普段の彼女では想像もつかないほど、派手なドレスに身を包もうとも、俺には分かる。
振り替えってロゼを見た。
思ったよりも、彼女の顔が近くにあって少し驚いた。
するとーー。
彼女はいきなり俺の首に抱き付き、そのままそっと唇に口づけをしたーー。
俺の思考はそのまま数秒固まるーー。
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