リコリスの恋人~7~
豪華なシャンデリアが6つも飾られた大広間に、優美なオーケストラの演奏が響く。
その演奏に合わせ、広間の中央で仮面を被った男女が踊る。
その周りには、ダンスを眺める人やワイングラス片手に談笑する人の姿がある。
それらの者も皆一様に仮面を被っている。
蝶をモチーフにしたものや、宝石を散りばめたもの、シンプルなデザインなものなど、様々な仮面が素顔を隠している。
勿論この場にいる俺も仮面をつけている。
仮面をつけていない者はこの場にはいない。
ここで行われているのは仮面舞踏会なのだからーー。
* * * * *
時は少し遡って一週間前のこと。
「面白い情報ですよ。ソート准尉。この情報にノる気はありませんか?」
ガーゼルがそう言ってソート准尉の机に置いた書類を示す。
ガーゼルを除く三人の視線が一斉に書類へと向く。
そこには、ずらりと人の名前が載っていた。どうやら、何かの名簿のようだ。
「これは一体何の名簿だ?」
皆を代表してソート准尉がガーゼルに尋ねる。
その問いにガーゼルは懐から封筒を取り出す。
「これ、その名簿と一緒に軍に届いたんです。匿名で」
言いながら封筒をソート准尉に渡す。
封筒は既に封が切られており、ガーゼルがもう中身を確認した後なのだろう。宛名は書かれておらず、
差出人の名前もない。
「これは……」
中から出てきたのは一通の手紙と三枚の招待状。
ソート准尉は皆にも見えるように、机に手紙を置く。
手紙にはこう書かれていた。
* * * * *
『我が盟友へ
満月の夜に行われる世にも奇妙な仮面舞踏会へ招待しよう。
参加される際は正装で、必ず仮面をつけること。
同封した招待状を忘れないよう。
郊外に佇む我が屋敷で貴殿の参加をお待ちしている。
赤き血で満たしたグラスで乾杯しよう。
レイノン伯』
* * * * *
「仮面舞踏会か……」
最初に言葉を発したのはソート准尉だった。
「内容は興味深いがこれと事件、一体何の関わりがあるんだ?」
俺もソート准尉の意見に同感だ。赤き血の一文が少し気になるが、格好つけた物言いをしているだけだろう。
ガーゼルは手紙をどけて、書類をぱらぱらと捲る。
「ここ、見てください」
ガーゼルが指差した部分には男性の名前があった。
「……!? これ」
その名前に驚く。
“クリスチャン・メーベル”
今回の事件の犠牲者の名前だ。
「こいつだけじゃないぜ。他にも」
そう言ってガーゼルは次々と書類を捲っていく。
ペンで印をつけられた部分に、一連の事件の犠牲者の名前があった。
「これは、仮面舞踏会の参加者名簿だ」
ガーゼルが放った一言に他三人が驚く。
「えっと、それってつまり、事件の被害者は仮面舞踏会に参加しているってことですか?」
ガーゼルは珍しく真剣な顔で頷く。
「ちょっと、待ってください。でもここに名前があるのはあくまで一部です。被害者は貴族だけじゃありませんので、仮面舞踏会に関係性があるとはーー」
「……何人いる?」
自分の言葉を遮って、ソート准尉が尋ねた。
「仮面舞踏会の参加者で、事件の被害者は何人だ?」
顔の前で手を組み、真剣な表情でガーゼルを見つめるソート准尉。
つられて自分もガーゼルを見る。
「八人です」
八人……。一見少ないようだが。
「貴族の犠牲者は十三人。それを考えると半数以上が仮面舞踏会に参加しているということになるな」
確かに数を考えれば、犯人が仮面舞踏会に参加していて、そこで目についた人間を殺している可能性がないとは言い切れない。
だがーー。
「匿名の情報です。この名簿自体が捜査を撹乱させる為の罠かもしれません」
ソート准尉にそう言う。
彼もそれは分かっているだろうが、あえて言った。
「だけどなぁ。今のところ八方塞がり。たとえ、軍を嵌める罠だったとしても、この情報にノってみるべきだと俺は思うぜ」
面白そうだ、と彼の顔に書いてある。
絶対にそう言うと思った。
ガーゼルも自分に言ったら反対されると分かってて、あえてソート准尉に話を持ってきたのだろう。
「危険があるかもしれません。真偽を調査してーー」
「その真偽、確かめるのにどれくらいかかるんだ?」
反対する自分の言葉をソート准尉が遮る。
「お前の言っていることも分かる。この情報は怪しさムンムンだ。罠かもしれん。でもな、今はこんな怪しさムンムンの情報でも貴重な情報だ」
いつになく真剣な顔で諭される。
「真偽を確かめているうちに仮面舞踏会は終わるかもしれない。調査しているうちに、そのことが犯人に伝わって犯人を逃がすことになるかもしれない。そうだろ?」
彼の言っていることは正しい。
分かっている。でも、自分の言っていることが間違っているとは思わない。
けれど、それで犯人を捕まえられるとも思えない。
「……心配なんです。下手な情報で惑わされて仲間を失いたくない……」
怖いのだ。仲間を失うことが怖くて堪らない。
いつもだって怖いのに、こんな不確かな情報にノろうとしている仲間を見ていられない。
俯いて自分の足元を見た。
泥のついていない綺麗な靴だ。
自分はいつも汚れない場所に立っている……。
気分が沈みかけたその時ーー。
「……わっ」
急に頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。
振り返ればガーゼルがいつの間にか俺の後ろに回って、頭を撫でている。
「なーに、変な心配してるんだよ」
そう言ってガーゼルはニカッと笑って手を放す。
「そうだぞ。お前は少し心配性すぎる。もう少し気楽に考えろ」
俺みたいにな、と最後につけ足しソート准尉が笑う。
「すみません。なんか癖になってまして」
……慰められた。
「お前はもっと俺たちのことを信頼しろ」
そう言ってガーゼルは笑う。
皆の笑顔に励まされてる。
本当はいつも不安だ。
いつ大切な人を失うのか。
そればかり考えて、不安で怖くて息苦しい。
もう失いたくないと考えるあまり、動けなくなってしまう。
そんな俺を皆が引っ張ってくれる。
皆、良いやつばかりだ。
すみません。そう言いそうになって改める。
「……ありがとうございます」
たとえ、どんな事態になっても守れるくらい、強くなりたい。
いつだって俺はそう思ってる。
誤字脱字がありましたら、指摘して頂ければと思います。
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