傘の魔女~4~
日が沈みかけた頃、屋敷に戻る。
屋敷の中は闇に包まれて、人の気配は全くない。
人と関わるのが嫌で、先代が雇っていた使用人達は皆解雇してしまった。勿論解雇する時には、この屋敷に関わる記憶の全てを消して。
当主が変わった途端、突然に使用人を解雇したとなれば噂になる。それは私にとって好ましいことではない。
私に関わる記憶も、この屋敷に関わる記憶も全て消し、別の屋敷で奉公していたように記憶を捏造した。
屋敷の雑務は全て契約した使い魔にやらせている。
その分魔力と体力を消耗するが、人と関わる煩わしさを考えればこのほうがずっといい。
この屋敷にかつて住んでいた先代当主は、魔法使いでも何でもない普通の人間で、既にこの世にいない。
言っておくけれど、私が殺したのではない。
もうかなりの高齢で、寿命だったのだ。
この屋敷の当主には、一人娘がいた。
けれど、娘は幼い頃に事故に巻き込まれて死んでいる。
私はその事実を利用し、関わる人の記憶を操作して、この屋敷の娘になった。
そうして、私は今の地位を手に入れた。
自ら望んで得た地位だったが、手に入れた今、さほど嬉しさは感じない。
何もかもがつまらない。
死にそうなほどに退屈だ。
貴族なんて生き物は特にそう。
欠伸が出るほど退屈な人間ばかり。夜会なんてそんな人間が集まるのだから、退屈で仕方がない。
本当はそんなものに参加などしたくないのだが、やはり貴族ともなれば常に断ってばかりいるわけにもいかない。
それに下らない集まりだが、そういう場は情報が集まる。
貴族の女はおしゃべりが大好きで、集まれば色々な話をする。
どこそこの令嬢が結婚するだとか、ある子爵が商売女に貢がされたとか、名門伯爵家の当主が不倫をしているだとか。
下らない話にも思える話が、役に立つこともある。
だから、なるべく夜会には参加する。
耳を澄ませていれば、男達が仕事の話もしている。
夜会は様々な情報が飛び交っているのだ。
しかし、退屈なものは退屈だ。
自室に戻り、部屋の灯りを付ければ机の上には束になった招待状。
晩餐会や舞踏会への招待状に、何かしらの品評会の審査員の依頼。
その一つ一つに目を通していく。
日程の都合が合う限りは参加し、それ以外は断りの文をしたためる。
こういった作業を使い魔には任せられない。それがいささか不便ではある。
手紙を書き終わったところで、机に置いてある呼び鈴を鳴らして使い魔を呼ぶ。
呼び鈴を鳴らしたと同時にやって来たのは、醜い顔をしたゴブリンだ。
つり上がった目に長い鷲鼻、しわだらけの顔。背は私の膝くらいまでしかない。
彼に手紙を渡して出しておくように伝える。
ゴブリンは黙って頷き、手紙を持ったまま姿を消す。
窓の外はもう既に日は沈んで、真っ暗だ。
屋敷は郊外にある為、街の灯りは少し遠いーー。
ぼんやりと外の景色を眺めた後、手にもった招待状に視線を落とす。
仮面舞踏会の招待状だった。
最近、定期的に行われているもので、何でもこっそり裏取引が行われているらしい。
人身売買や違法薬物の取引などなど。
表には決して出回らない珍しい商品があるらしい。
一度それとなく参加を勧められたが、裏取引には気付いていないふりをして断った。
だが、使い魔に探りは入れさせている。
こういう情報は手に入れておくに限る。
今回の仮面舞踏会でも、取引はきっと行われるだろう。
ならば、それとなく探りを入れておくに越したことはない。
きっとそこで、最高の獲物見つけられることだろう。
その瞬間が今から楽しみだ。
招待状を懐にしまい、衣装を選ぶためにスカートを翻す。
とびっきり派手な衣装で着飾ろう。
とびっきり派手に遊ぶのだから。
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