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間章~9~

 木々が風に揺られ、カサカサと音をたてる。

 その音が耳に心地よく、目をつむり耳をすませていた。

 脇息にもたれかかり、目を瞑っているとついウトウトと夢見心地になってしまう。






「あら? これは珍しいものを見ましたわ」



 クスクスと笑うような声に、目を開き顔を上げるとそこには、白と青を基調とした上品なドレスを身にまとった妙齢の女性の姿がそこにあった。

 金色の髪を後ろで団子状にまとめ、そこに青い蝶の形をした髪飾りをしている。トレードマークの傘は今はその手に無かった。



「古世未様の転寝うたたね姿が見れるとは、思いもよりませんでしたわ」

 クスクスと笑うように言う彼女。

「一体何のようかえ?」

 古世未は不機嫌な様子を隠そうともせずに、そう言った。

 その様子にさらに女性は笑みを深める。

「ご挨拶に参りましたのよ」

 にこやかな笑顔で言う彼女。

 挨拶……?




「どういう風の吹きまわしかの?」


 真っ赤なルージュをひいた唇が浮かべる笑みは悪魔のように蠱惑こわく的で、青いサファイアのような瞳は聖母のような眼差しをこちらに向けていた。



「この国の四季はとても美しいですわ。いつまで見ていても飽きない」

 視線を逸らした後、庭へと近づきそう言う彼女。

 その後ろ姿がどこか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。

「ですけれど、わたくし用が出来たのですわ」




 縁側に立ち、そこから空を仰ぎ見る彼女のくるぶしまであるスカートのすそがゆらゆらと風に揺れた。

「当分、お会いする事が出来なくなると思いましたので、ご挨拶に伺った次第ですわ」



 木々が風に揺られ音を立てる。

 部屋の中に舞い込む風が、古世未の髪を撫でていく。

「ふん。いなくなって清々するわ」

 古世未の言葉に振り向く彼女。

貴女あなたのことですから、そう言うと思ってましたわ」




 交わされる視線。



 大きな青い瞳のその向こうに、暗い影が見えた。

 青をおおい尽くすような闇とその闇を塗りつぶすような赤。そしてーー悲鳴。




「--っ」




 痛みを伴うほど強烈な幻視に、思わず目を押さえうめいた。

 久しぶりの感覚だった。

 背筋をうような悪寒と喉元のどもとから競り上がってくる恐怖。

 恐ろしく鮮明なその感覚は古世未にとって酷く懐かしい感覚であった。





「……何か予知しましたのね」



 確信したように彼女は言った。

「……久しぶりよ、この感覚。聞くかえ?」

 古世未は長く平和なこの国にいて、自分が平和ボケしていたことに気付いた。

 懐かしい戦乱の記憶。

 それがよみがえるようだった。

「いえ、結構ですわ」

 古世未の言葉に彼女は首を振った。



「知らぬが仏、という言葉は貴女の国の言葉ではなかったかしら」

 彼女の言葉にふっと古世未は笑った。

「確かにそうじゃった」

「それでは私はこれで失礼致しますわ」

 優雅ゆうがにお辞儀じぎをした彼女は、足元から順にその姿を花へと変えた。

 ドレスのスカートが、彼女の細い足が無数の花へと変わる。



「……また、お会いいたしましょう」




 消える間際、その赤い唇が花びらへと変わる前に優しく微笑んでそう言った彼女。

 花がほころぶようにして消えたその後に残されたのは、無数の白と青の花。

 何のものかも分からないそれは、彼女が自らの魔力で作り上げた代物だろう。

 牡丹のような形のものや桜のような形のものもある。




 立ち上がり、その一つを摘み上げる。

 青く大きな花弁は美しく、かつ上品であった。

 すうーっと匂いを嗅げば、予想とたがわぬ気品に溢れた香りがした。



 彼女とは長年の付き合いである。

 お互い長い生を送るもの同士、腐れ縁のようなものであったが、古世未は決して彼女のことが嫌いではなかった。

 古世未が見た通りであれば、きっとこの先古世未と彼女が会うことは無い。

 そして古世未の予知は今まで外れたことが無い。

 これが今生の別れと思えば惜しいと思うものの、古世未には彼女を止める術が無い。

 彼女の用とやら、千里眼を持つ古世未には簡単に想像がつく。

 分かっているからこそ、尚更。古世未には止められない。





「致し方あるまいの……」

 縁側に立てば、風に音を立てて揺れる木々がそこにある。

 強い風が吹いて、古世未の髪を揺らす。

「……何ともまぁ。ままならぬ人生よ」

 小さく呟いた声は風に掻き消され、誰にも届くことはなかった。

誤字脱字がありましたら、ご指摘願います。

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