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リコリスの恋人~5~

 今、ちまたでは連続殺人事件が横行している。

 どの遺体も性別を判別することさえ困難なほどに切り刻まれており、犯行は全て真夜中と推測されている。





 最初に犠牲者が出たのは、三ヶ月ほど前のことだ。



 被害者はレイズの西端にある娼館で働く女性。

 発見したのは同じ店で働く小間使いの少女だった。

 街の端にある貧民街で起こった事件の為、最初は誰もあまり気にしてはいなかった。

 確かに滅多に見られないほどに無残な死体ではあったが、貧民街の人間がいくら死のうがどうでもよい。むしろ汚い溝鼠どぶねずみが減って好都合というのが軍の考えだった。




 しかし、被害は貧民街の住人に留まらず、富裕層の商人や貴族にまで及んだ。

 その為、事件を無視出来なくなり、調査を本格的に行い始めたのが、二ヶ月前。

 そこから懸命な捜査を行ってはいるものの、犯人を捕らえるどころか、犯人像さえ浮かび上がらない状況だ。




 何せ現場には証拠になりそうなものが何一つ残っていないばかりか、被害者の特定さえ困難なほど遺体は切り刻まれている。凶器の特定も出来ていないのだ。被害者の遺体を検分した班の話では、鮮やかな切り口から、恐らく魔法を使った犯行ではないかとのこと。




 これまでの犠牲者は四十八人にも上る。

 たった三ヶ月で犯人は四十八人も殺したのだ。

 どの遺体も無残に切り刻まれ、中には人の原型を留めていないものさえあった。

 犯行動機も不明で、完全にお手上げ状態、捜査は暗礁に乗り上げていた。




 しかし最近になって、軍の中で一人の容疑者が浮かび上がった。




 その名もブラッディ・レイン。




 血染めの貴婦人、血の雨を降らせる女などの異名を持った最悪の魔女。

 古くからその名を轟かせてきた力の強い魔女だ。

 彼女であれば、痕跡を一切残すことなく人を切り刻むことも可能であろう。軍の一部ではそう結論付けられ、その線で捜査を行っている班も少なくない。




 だが、元々その話が出たのは街の噂話うわさばなしでだ。

 大魔女、ブラッディ・レインが犯人ではないか?

 誰かがそう囁き、それが徐々に広まっていった。

 そうして、軍の上層部にも届くほどの噂になったのだ。

 上層部は、まだ決定的な証拠が出てきていないことから、判断しかねているようだった。






 俺もまた、その一人だ。

 確かに彼女は怪しいが、まだ決定的な証拠がない。

 何より街の噂話などという不確かな情報で、犯人を決するのもどうかと思う。

 犯人は魔法使い。それもかなり力を持っている。

 分かっているのはそこまで。

 確かにあれほど鮮やかな切り口と自らの痕跡を一切残さない手腕を持つ魔法使いはそうそういない。

 だが、それだけで分かっていないのに、ブラッディ・レインが犯人と決めつけるのは時期尚早じきしょうそうだろう。

 犯行に使われた魔法すら、まだ特定できていないのだからかーー。






 切り口の鮮やかさを見れば風魔法。

 遺体の損壊具合をみれば、圧迫魔法。

 切断するなら、水魔法でだって出来るし火魔法でも出来るのだ。

 もしくは、その全てを使った可能性ですらある。

 だから、俺の班では広い視野を持って捜査にあたるようにと指示しているが、しかしーー。





「やっぱり、犯人はブラッディ・レインだよな!」

 俺の同僚であり、班員でもある彼は完全にかの魔女を犯人と決めつけているようだ……。

 ようやく、自分の恋愛話から話が逸れたと思ったら、今度は事件の犯人像について二人は語っている。

「まだ決まったわけじゃないですよ」

 書類に判を押しながら呆れ半分で言う。その自分の言葉に後輩は大きく頷いた。

「そうですよ! ミヒャエル准尉の言う通りです」

 それから、二人は再び犯人について議論を交わす。




 その様子を呆れつつも、仕方がないかと思う。

 二人とも捜査に行きたかったのだろうに、留守番を命じられてしまったのだから。

 部屋を空にするわけにはいかないから、どうしても誰かが留守番をしなくてはいけない。

 この二人はよく留守番になることが多いので、不満が溜まっているのだろう。

 後輩のナッツェンはまだ新人だし、同僚のガーゼルは体育会系で、頭を使う捜査は苦手なタイプだ。

 そして、留守番をしているガーゼルのお守りは大抵俺になる。





 自分が班長を務める班にガーゼルがいる、ということもあるだろうが、そもそも彼は我が強く良くも悪くも個性的な性格をしている。そんな彼を上手く扱えるのが自分しかいない、という理由から俺が彼とペアを組むことはしょっちゅうだ。

 そんなことを考えながら黙々と目の前の書類を片付けていく。

 二人の議論する声を耳に入れながら、俺は再び事件について思考を巡らせた。

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