間章~8~
古世未は脇息に凭れかかり、いつものように煙管を吸っていた。
目の前に置かれた、洋風の大きな鏡が古世未の姿を写していた。
部屋の襖は閉め切り、中には古世未一人きり。
「お主も気付いておるのだろう」
問いかけるように、古世未は言った。
誰もいない部屋の中で呟かれたその言葉は、古世未の独り言のようにも思えた。
しかし、そうではない。
古世未の言葉は鏡の向こうにいる人物に向けられていた。
『……一体何のことだ』
鏡から若い男性の声がした。
男はこの国から何千里も先にある遠い国に住む。
術を使い、鏡を通して会話を行っているのだ。
「何をすっ呆けているのじゃ。分かっておるくせに」
古世未は笑いながら、言った。
「お主の耳にも入っておろう。巫女が三人死んだ。これがどういうことか分からぬお主でもあるまい」
古世未がそう言うと、男は黙り込む。
それは何とも奇妙な光景であった。
一人の女が鏡に向かって話しかけ、男の声で鏡がそれに応じる。
傍からみれば、不気味にさえ思える光景である。
「均衡が崩れているのには、お主も気付いておろう。このままでは厄介なことになる」
煙管を吸い、ふーっと煙を吐き出す古世未。
一見、余裕を持っているように見えるが、これでも古世未はかなり焦っていた。
短期間に巫女が三人も死んだ。
正確には殺された。
それぞれ、別の者に殺されてはいるものの、影でそれを仕組んだのは、三人の内、二人は同一人物だ。
『まあ、これで終わりではないだろうな。何が目的かは知らないが、巫女が狙いならまだまだ殺されるだろう』
男は憂いを帯びた声でそう言った。
『お前は予言者だろう。次は誰が殺されるかは分からないのか?』
その言葉に古世未は一瞬固まる。
今朝見た夢を思い出したのだ。
『……どうかしたのか』
古世未の様子に気付いた男が声をかける。
その言葉で古世未は我に返る。
「いや……。何でもない」
見えないと分かりつつも、首を振る。
吸い終わってしまった煙管に再び煙草を詰める作業を行う。
そうしながら、古世未は男に問いかけた。
「お主は己が巫女であることを悔いたことはあるかの?」
古世未の言葉に男は笑った。
『愚問だな。あるわけないだろう。俺は己が巫女に選ばれたことを誇りに思っている』
男の答えに古世未の表情は憂いを帯びる。
そうか、と答えた古世未に男は問いかけた。
『お前は後悔したことがあるのか?』
その問いに古世未はふっと笑った。
そして、煙管を吸い込み、煙を吐き出しながらこう答えた。
「ある」
そうして吐き捨てるように、続けた。
「妾は連日連夜、巫女になんぞ選ばれたことを嘆き悔いておる」
巫女という立場をいっそ憎んですらいる。
巫女に選ばれさえしなければ……。
何度そう思ったことか。
「……お主には分からぬかもしれぬがの」
わっちには予言することは出来ても、未来を変えることは出来ぬ。
それはとても辛く苦しい。
「一つだけ教えてやろう」
わっちの見た先見の通りであれば、お主はきっと……。
「いずれお主は巫女に選ばれたことを後悔するときが来る。予言しよう。お主は必ずその立場を恨むであろう」