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リコリスの恋人~4~

「盛大に惚気のろけてくれちゃって」





 軍の駐屯地、自部署の扉を開けて中に入ると、すぐ目の前に立った同僚にそう言われた。

 入った瞬間のことで、一瞬何のことか分からず固まる。数瞬して、何のことか理解する。彼はロゼと俺が会っていたところをどこかから見ていたのだろう。

 駐屯地の近くにある公園なだけに、彼がどこかから見ていてもおかしくはない。




 自分よりも少し背の高い彼は、青い瞳をいたずらっ子のように、キラキラと輝かせてニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 いつものことだが、茶色の髪があちこち寝癖で跳ねている。




「はぁ。……見ていたんですか?」



 溜め息をつき、尋ねると、喜んだように笑みを深くする。

「勿論! いやぁ、羨ましい限りだなあ。美人の彼女! しかも手なんか握っちゃって」

 そう言って茶化してくる同僚を押し退け、自分の机に向かう。





 部屋の中には、五つの事務机を一塊に置いたのを一つの島として、合計四つの島がある。

 入口の丁度目の前に島が一つ。入口から見て、その右隣にもう一つの島があり、左隣に二つの島がある。四つの島の真ん中、二つの島に挟まれた位置に、この部署のトップであるメリボーン大佐の机が置いてある。



 大佐は今は不在らしく自分達よりも遥かに高級そうな椅子には誰もいない。机の上には山のように書類が溜まっている。

 自分の机は丁度、入口の目の前の島にある。

 四つの向かい合った机と窓側に置かれた一つ、二つの机にくっつけられた机が一つ。

 そこが俺の机だ。

 つまり、この部屋に入ってきた人間と丁度向かい合うような形になる。




 鞄を机の脇に置き、椅子に腰かける。机の上を見れば、自分の机にも大佐ほどではないにしろ、いくつか書類が溜まっていた。

 その書類の量に若干の溜め息をつきつつも、部屋を見渡す。

 室内にいるのは、自分を除いて二人だけ。




「皆はどこに行ったんですか? 例の調査ですか?」

 まだニヤついている同僚を無視して、左隣の島に一人残っていた後輩に尋ねた。

 振り返った後輩の顔はまだ幼い。

 金髪に黒の瞳。鼻の周りには散らすようにソバカスがある。

 本人はそれをコンプレックスに感じているようだが、俺も含めて周囲は彼のチャームポイントだと思っている。



「はい。皆魔女探しに出ていっちゃいましたよ。僕らは留守番です」

 自分も調査に行きたかった、と残念そうに言う後輩。

 その言葉に苦笑する。



 仕方がない。入隊したては、雑用がほとんどで、事件の調査などは滅多にさせてもらえないのだ。

「また犠牲者が出たんだよ。そんで、皆その調査とかに出ちまったんだよ」

 俺が無視を決め込んだ為、同僚は不服そうにだが、仕事の話をする。



 ここ最近この街では、連続殺人が発生している。

 それも、どの遺体も身元が分からなくなるほどに、切り刻まれているのだ。

 切り口がどう考えても普通の刃物ではありえない、ということで犯人は魔法使いだろうと考えられている。

「朝、連絡が来てさ。朝刊にもでっかく載ってたぜ。見てないのか?」

 同僚にそう聞かれ、そう言えば今朝は新聞を読んでいなかったことに気付いた。




「見ていないですね……」

 そう答えて書類を手に取る。

「そうか、そうかぁ。彼女のことで頭がいっぱいたったかぁ」

 再び茶化すように、言う同僚。

 顔を見なくてもニヤケているのが分かる。

 思わず溜め息をつく。


「そう言えば、ミヒャエル准尉の彼女ってめちゃくちゃ美人ですよね」

 何を思ったか、後輩までノッてきた。

「仕事はどうしたんです……?」

 呆れ半分、諦め半分で一応聞いてみた。



「手は動かしてます」

「ちょっとくらい良いだろ」



 どうやら、二人とも暇なようだ。

 溜め息を一つ。

 世間では切り裂き魔だ何だと騒いでいるというのに、他人の色恋を話すなど全く平和なものだ。

「それ、彼女の手作り弁当だろう?」

 同僚が、俺が机の脇に鞄を目で指して言った。



 自分は普段鞄を持ち歩かない。

 財布は上着に入れておく為、必要ないのだ。

 この鞄は、ロゼから先程渡されたものだ。

 中身は同僚が言うようにロゼの手作り弁当。

「え! 手作りのお弁当ですか! いいですね。僕なんか彼女の手料理もう二年近く食べてないです」



 羨ましがる後輩に苦笑する。

 ここに来る前に、ロゼと会ったのはこれを貰うためだ。逆に言うとロゼはこれを渡すために自分を呼び出したのだろう。



 彼女は貴族の娘。料理などしたのはきっと初めてだろう。自分を思って料理をしてくれたのだと思うと、とても嬉しい。

 だが、それを職場で顔に出すほど、腑抜ふぬけてはいない。

「否定しないってことはそうなんだな」

 ニヤニヤと笑う同僚。

 少しは仕事をしたら、どうだろうか……。



「だったら何ですか? 仕事をして下さい」


 そう言ったものの、仕事をしろ、という自分の要求は受け入れられず。結局、自分はそれから小一時間ほど、ロゼとの交際関係について二人に質問攻めにされたのであった。

誤字脱字があれば、ご指摘願います。

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