リコリスの恋人~3~
石畳の道を真っ直ぐに歩いていく。
道の両側に植えられたブナの木が風に揺られ、さわさわと音を鳴らしていた。
一歩、歩く度にカチカチと腰に下げた剣が音を立てる。
ここはセオリア国の首都に近いレイズという名の街だ。セオリア第二の首都、と言われるほど大きく活気に満ちている。
街の中心付近は裕福な家庭の者が多く、不自由の無い暮らしをしているが、そこから離れれば貧しい者達で溢れかえっている。
ここは、貧富の差が最も激しいとも言われている街だ。
俺が住んでいるのは、街の中心部から少し離れたアパートだ。
そこから、大通りへと出て街の中心近くにある公園へと向かう。
大通りを歩けばすれ違うのは皆裕福な者ばかり。立派な黒い毛並みの馬が引く二頭立ての馬車や、上品なコートに身を包みステッキを手に持った紳士に、使用人を連れて歩く少女。
若干場違いな気もしないが、軍服を着ているので浮いてはいないはずだと思う。
通りは二頭立て馬車が、すれ違うことが出来るほどに広い。
少し歩いてから、先程よりも狭い通りに入る。
そうすると、少し先に公園が見える。
人々の憩いの場と言われる場所ではあるが、そこで休めるのは富裕層の人間だけだ。
貧困街の人間は、公園の管理人に追い出されてしまう。
管理人曰く、薄汚い野良犬が入ってきたら追い出す、それと同じことだと言う。
この街のそういう現状に腹立たしく感じることもあるが、自分には何も出来ない。
それが、一番腹立たしくもあるーー。
園内に入ると目に入るのは青々とした芝生と、花壇に飾られた色とりどりの花。
花壇の花は季節ごとに変わっていく。
今植えられていたのは、紫や桃色のコスモスだ。
美しい花は人々の心を癒してくれる。
少なくとも、自分は癒される。
俺は花が好きだ。花壇に植えられた花も好きだが、野に咲く花はもっと好きだ。
大自然の中でも力強く生きていく姿を美しいと思う。
きっと幼い頃から親しんできたのが、手入れされた花ではなく野に生きる草花だったからだろう。
そんなことを考えながら、歩いていると少し先の方に噴水が見えた。
公園の中心には噴水があり、その周りを囲むようにベンチが四つほど等間隔に置かれている。
その一つに一人の女性が腰掛けていた。
普段は結い上げているプラチナブロンドの髪を、おろし縦に巻いている。胸の少し上辺りまで伸びた、艶やかな髪が風に揺られ輝いている。
彼女、ロゼの今日の装いは全体的に赤を基調としているようだった。赤みがかった茶色のジャケットを羽織り、胸元には赤いリボン、下は朱色のくるぶしまであるロングスカートをはいている。極めつけは、朱色の日傘だ。
遠くから見ると、銀色の髪がとても際立って見えた。
ロゼは近づいてくる自分の存在に気付いた。
「お待ちしておりましたわ」
彼女はベンチから立ち上がり、微笑む。
「すみません。少し遅れてしまいましたね」
懐から懐中時計を取り出して、言った。
約束の時間を五分ほど過ぎている。
少しゆっくりと歩きすぎたようだ。
「いえ、無理を言って来て頂いたのは私のほうですから。私はこうして会えるだけで嬉しいですわ」
花が綻ぶように笑う彼女につられて、自分も笑顔になる。
ロゼの笑顔はとても美しい。
彼女が喜ぶと自分も嬉しい。
「それは自分もです」
そう言うと、幸せそうな笑みを見せるロゼ。
しかし、自分よりも少し下にあるその瞳が、僅かに翳りを帯びているような気がしてーー。
「どうかしましたか?」
尋ねる言葉が口をついて出た。
「え……?」
驚いたように、自分を見るロゼ。
その顔を見て、ハッとする。
「あ、いえ。何でもありません。その……。少し元気がないように見えたので」
慌ててそう言うと、彼女はクスクスと笑った。
「ありがとうございす。私は大丈夫ですわ」
柔らかい笑みを浮かべる彼女にホッとしたのもつかの間。
それよりも、とロゼは続けた。
「きちんと睡眠をとっていらっしゃいますか? ミヒャエル様こそ、お元気がないように見えますわ」
心配そうに、自分の頬に手を添えるロゼ。
やはり、危惧していたことを指摘されてしまった。
「大丈夫ですよ。少し忙しいだけですから。睡眠もちゃんととってます!」
そう元気よく言ってみせるが、ロゼはまだ不安そうだ。
「無理はなさらないで下さいね」
「大丈夫です。俺を信じて下さい」
彼女の手を握り、答える。
細くて少し冷たい手。
エメラルドグリーンの瞳が真っ直ぐに自分を見つめていた。
誤字脱字がありましたら、ご指摘願えればと思います。