リコリスの恋人~2~
鏡を見て、そこに写った自分の顔に溜め息をつく。
別に、自分の不細工さを嘆いているわけではない。
決して整っているわけではないが、見れないほど不細工なわけではないと思っている。
地味で平凡な顔だとは思っているけれども。
それはともかくとして、溜め息をついた理由は目の下にくっきりとついた隈だ。
最近は仕事が忙しく、睡眠時間をきちんと取ることが出来なかったのが原因だろう。
正直、自分でも酷い顔をしていると思う。
同僚に冗談で死相が出てる、と言われたほどだ。
これから恋人と会うというのに、こんな顔をしていては、彼女を心配させてしまう。
しかし、顔を洗っても手で擦ってみても隈は消えない。
もう一度、溜め息をついて隈を消すのは諦める。
どう足掻いてもこれは消えそうにない。
一旦、着替える為に鏡の前から離れる。
ハンガーに掛けていた制服を手に取った。黒と青を基調とした詰襟の軍服だ。
全体的に黒色で、襟と袖の部分に青いラインが二本入っている。
ボタンはダブルで紺色。
中には白いワイシャツを着る。
着替えを済ませてから、再び鏡の前に向き直り、改めて自分の顔を見る。
焦げ茶色の短髪に、鳶色の目。
大して珍しくもないありふれた色と、どこにでもいそうな平凡な容姿だ。
今は、目の下の隈のせいで、かなり酷い顔ではあるが……。
別に卑屈になっているわけではない。
ただーー。
「太刀打ち出来るわけがないよな……」
もう一度、溜め息をついた。
これから向かうのは、仕事場である軍の駐屯地ではなく、その手前にある公園だ。
そこで彼女と待ち合わせをしている。
軍服を着ているのは、その後に仕事があるからだ。
彼女と会えるのはほんの一時。
それでもいい、と彼女は言う。
俺も少しでもいいから、彼女に会いたいと思う。
けれど、本当に彼女のためを思うのなら、きっと自分とは会わないほうがいい。
俺はそう思っていた。
彼女、ロゼモネア・オッフェンバーグは貴族の令嬢で、俺はといえば平民出身の軍人だ。
とても、釣り合うとは思えない。
彼女は俺の三つ年下で、今年で二十三になる。
貴族であれば、結婚しててもおかしくない年齢だ。
むしろ、遅すぎるくらいだ。
貴族ともなれば、赤子の頃から婚約者がいて、十五歳で成人とみなされる為、十代で結婚する者が多いと聞く。
未だに独身である彼女は、婚期を逃しているとも言える。
ロゼはとても魅力的な女性だ。
実際、結婚を申し込む男も多いらしいが、彼女は片っ端から断っているという。
今もセオリア軍のヴィレイユ中佐が彼女に婚約を申し込んでいる。
ヴィレイユ中佐は、俺とは所属する部隊が違うが、噂は聞いている。
ロドリー・ヴィレイユ。
名門貴族のヴィレイユ家の嫡男でありながらも、軍に所属し、腕も立つという。
しかも、すこぶる美男子で女子から大層人気があるとか。
実際に顔を見たことがあるが、確かに男前だった。
あれほど顔立ちが整っていれば、女性に人気があるのも頷ける。
それに比べ、自分は至って平凡な容姿の平民。
とても、敵わない。
考えれば考えるほど、自分が情けなく思えてくる。
だが、これっばかりはどうしようもないのも、また事実。
貴族の社会では、平民と結婚などあり得ないのだ。
彼女もそれを分かっているはず……。
それなのに、まだ自分と会ってくれる彼女の優しさに自分は甘えている。
何て情けない……。
溜め息が漏れる。
俺がこんなんでは、駄目だ。
キッと鏡に写った自分を睨み付け、両手で頬を叩く。
「しっかりしろ! 俺!」
そう声に出して言うことで、自分にカツをいれる。
弱気になってる場合じゃない。
彼女を幸せにしてやりたいと思うのなら、他人にそれを任せるのではなく、自分でするべきだ。
気合いを入れて、俺は彼女が待つ公園へと出掛けた。