リコリスの恋人~1~
彼女を初めて目にしたのは、上官に連れられて行ったとある貴族が主催の夜会でのことだった。
第一印象は、とても美しい女性。
プラチナブロンドの髪に、エメラルドグリーンの瞳。深緑色の上品なドレスに身を包んだその姿はまるで、絵画から抜け出した美女。
「ロゼモネア・オッフェンバーグと申します」
そう名乗り、優雅にお辞儀する彼女の仕草一つ一つに見惚れた。
それが、俺が初めて彼女を目にした時だった。
* * * * *
俺が生まれたのは、西の大国と言われるセオリアの最東端に位置する片田舎の村だ。
貧富の差はないが、皆等しく貧乏であった。
小さい村のことだから、村全体が家族のようなもので、人と人との繋がりを大事にしていた。
都会に出た際には、その人の多さと人への無関心さに驚いたものだ。
俺は十五の時、軍に入隊する為に村を出た。
旅の道のりも厳しかったが、それ以上に入隊試験は厳しかった。
セオリアの国軍は、入隊出来るのは基本的には士官学校を卒業した者か貴族のみ。自分はどちらにも当てはまらない。
一応、年に一度一般の募集もかけているが、倍率は数十倍。しかも、一人も合格者が出ない年もあるのだ。
試験中、何人も脱落していった。そんな中、俺は合格することが出来た。
後で聞いた話では、その年の合格者は俺一人だけだったとか。
セオリア軍の一般試験が、一人も合格者を出さない年があるほどに厳しいのには理由がある。
それは、セオリアの士官学校に起因する。
正式名称、セオリア陸軍士官学校は毎年数千人が卒業する。これは、他国の士官学校に比べると明らかに多い人数だ。
他国の士官学校では、卒業すれば軍での士官の地位が約束されている。つまり、軍に入隊と同時に最低でも少尉の役職が与えられる。
しかし、セオリアにおいては、士官の地位を与えられるのは卒業者の中でも成績上位者百名のみ。
その為、他の者は成績に従って士官以下の役職が与えられる。成績が低かった者は、士官学校を卒業していても、セオリア軍において最下級に位置する二等兵からスタートする者もいる。むしろ、その割合が圧倒的に多い。
つまり、その分一般で募集する必要性がなくなるのだ。
大抵どの国でも、一般募集での入隊は最下級からのスタートとなる。セオリアでは、最下級の二等兵の枠が既に士官学校卒業者で埋まってしまう為、新たに一般で募集する必要がないのだ。
倍率が高くなるのも、合格者がほとんど出ないのも、仕方がないだろう。
かといって、スタートが二等兵というのは他国と変わらないのだが。
俺はそこから、順調にと言って良いのかは分からないが、出世して現在は准士官という地位にある。
士官の一つ下に当たる地位で、士官に準じる待遇を受けることが出来る。
但し、ほとんどの者が平民出身の為、階級など有って無いようなもののように扱われることも多い。
特に部下に貴族がいる場合など、命令違反もしょっちゅうだ。
本来、上官の命令に背いた者は厳罰に処されるが、上官が平民、部下が貴族の場合、不問とされることも多い。
差別意識はセオリア軍に強く根付いているのだ。
士官学校卒業者でもなく、また貴族でもない自分がここまで出世することが出来たのは、奇跡だと思っている。
まして、あんなにも美しい人と出会うことが出来た
自分はとても幸運だ。
上官に連れられて行った夜会は、貧乏人の自分には性に合わず、周囲から浮いていたと思う。
そんな、俺に彼女は声をかけてくれた。
彼女は美しく聡明であった。
俺は人目で恋に落ちた。
身分違いもいいところ。叶わない恋であることは、重々承知していた。
しかし、そんな自分に交際を申し出たのは彼女のほうからであったーー。
自分は貴族ではないし、剣以外何の取り柄もないような男だ。
それなのに、彼女はもっと俺を知りたいと、もっと俺に近しい存在になりたいと言ってくれた。
その言葉を聞いた時、嬉しく思うのと同時に、自分の不甲斐なさを情けなく思った。
女性から交際を迫らせるなど、男として不甲斐ないことこの上ない。
しかし、過ぎたことは変えようがない。
俺は彼女の申し出を受け、交際を始めた。
そうして、三年の歳月が流れた。
俺が二十六歳の春のこと。階級は三年前から変わらず准尉。
巷では、魔女が夜な夜な無差別に人を切り刻む事件が起こっていたーー。