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間章~7~

 御簾みすの向こう側で報告をする者達。



 頭を下げ、決してこちらを直接見ることはしない。

 それが不敬に当たるからだ。

 朕を直接見ることが出来るのは、朱鳥あすか古世未こよみだけーー。



 後ろに控えた朱鳥が、朕の言葉を向こう側の者達に伝える。

 朕が直接あの者達に言葉をかけることは滅多にない。先日、古世未の元に向かわせた使者の報告を聞いたときは朱鳥がいなかったので、朕が直接話した。あの後、朕は朱鳥に叱られた。朱鳥が戻ってくるまでに話が終われば良かったが、途中で朱鳥が帰ってきてしまったので、隠せなかったのだ。





 かつて父上は、向こうとこちらでは世界が違うと仰った。

 まだ子供だった朕にはその意味が分からなかったが、今ならば父上の仰りたかったことが分かる気がする。




「……朕は孤独だ」



 ポツリと呟いた言葉に朱鳥が反応した。

「どうかなさいましたか?」

 朕は振り返って、朱鳥の顔を見た。

 無表情に朱鳥は朕を見返す。



「朕は孤独だと言ったのじゃ」

 そう言うと朱鳥は怪訝そうな顔をする。

「貴方様には大勢の民と仕える臣下がおります」

 朱鳥は淡々と告げる。



 朕はこの国をべる者。

 臣下は大勢いる。民も朕をあがめている。

 朱鳥も傍にいてくれる。

 朕が望めば何でも叶うというのに、心は決して満たされぬ渇きに悩まされていた。

「お主には朕の心は理解出来まい」


 朕はそう言うと立ち上がり、席を後にする。

「何処へ行かれるのですか? まだ本日の公務が終わっておりません」

 そう叱責する朱鳥を無視して、朕は襖を開けて廊下へと出る。


 後ろを朱鳥がついて来る。

「今日はもう何も聞きとうない。下がらせよ」

 前方からこちらにやってきていた侍女達が、脇によけて慌てて平伏ひれふす。



 その行為が酷く苛立たしかった。


 後ろで公務を放り出したことに、抗議してくる朱鳥を無視して歩き続ける。





 奥の自室まで辿り着くと、烏帽子えぼしを脱ぎ捨て、上に結い上げられていた髪をほどく。

 畳の上にそのまま横たわり、こちらを見つめている朱鳥を見上げる。

 いつもと同じ緋色の衣装に、一つに束ねられた赤い髪。

 朱鳥は入るとすぐに襖を閉め、その場に座す。



「どうかなさったのですか? 公務を放り投げるなど、先代が知ったらお怒りになります」

 厳しい表情でこちらを見ている朱鳥。




 先代。


 父上のことだ。

 父上は立派な帝であったと朱鳥は言う。

 朕から見ても、父上はとても立派な方であった。

 しかしーー。



「父上は関係なかろう」

 父上は確かに立派な方だったが、とうに亡き人である。

 亡き人と比べられるのは、朕には耐えられぬ。

 朕は上体を起こし朱鳥を見据える。

「出てゆけ。当面顔を見せるでない」

 朱鳥には分からぬ。

 朕の気持ちなど。






「……出てゆけ」

 二度言うと、朱鳥は眉間に皺を寄せたものの、黙って部屋を出て行った。




 再び朕は畳の上に寝転がる。

 部屋に一人きりになり、考えたのは古世未のことだった。

 目を閉じれば、ありありと思い出すことが出来るその姿。

 まばゆいばかりのその美しさ。

 古世未。そなただけが朕の孤独を癒してくれるのだ。




 この地位に就き、幾許いくばくかの年月が過ぎた。

 初めの頃は不安ばかりが朕の心を覆い尽くした。

 全てが初めてのことばかり、一度ひとたび選択を間違えれば誰かの命が失われる。

 相談出来る相手もおらず、その責務の重さに朕は押し潰されそうであった。

 誰もが朕を遠い存在として、見ている。朱鳥でさえ、朕との間に一線を引いていた。朕は孤独を感じていた。

 そんな時であった。

 古世未と出会ったのはーー。




 古世未は決して自らを偽ることはなく、朕に対しても他の者と何ら変わらぬ接し方をしてくれた。

 そなたのその様に朕がどれほど救われたことか。

「……会いたいのぉ。古世未」

 そなたに会いたい……。



 先日、公務で古世未の屋敷に行ったものの、仕事のことしか話せなんだ。

 朕には天から授かった使命がある。

 それを全うするのは、当然のこと。

 その為に我慢を強いられるのも、仕方のないことと分かっている。

 それでも、古世未を想うことだけは許して貰いたい。

 そなたに会いたいと想うことだけは、許してほしいのだ。

 その想いが今も朕を支えているのだからーー。

 たとえ、いつの日か朕がそなたを殺すことになろうとも。

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