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砂漠に住む魔物~16~

 俺は目の前の光景が信じられなかった。



 父が城から出ることなど滅多にない。

 ましてやスラムに足を運ぶなんて、到底信じられる光景ではない。

 けれど、確かに今自分の目の前に父は立っている。




「少し歩こうではないか」

 俺が驚き、固まっていると父はそう言って俺に近づく。

 長い前髪で隠した額に、もう一つの目があった。

 普段は閉じている魔物の瞳。

 二つの目よりも、もっと赤く禍々しい緋色の瞳。

 三つの瞳が俺を見つめていたーー。





 * * * * *




 前を歩く父の後ろを俺は黙ってついていった。

 いつも以上に人気のないスラムを無言のまま歩き続ける。

 何も言わず、前を歩く父。

 遠くの方で賑やかな音がしていた。

 時たま上がる歓声と雄叫び。

 先程までは聞こえていなかったものだ。

 暫く父に付き合って歩いていたが、徐々に焦燥しょうそうつのっていき、我慢できなくなった。

 俺は早くラストの所に行かなければいけないのだ。





「一体、何の用なんだ?」

 俺が立ち止まって言うと、父も立ち止まって振り返る。

「父親に向かって、ましてや国王に向かってその口調はなんだ?」

 対して怒ってもいないくせに、そんなことを言う。





 俺が黙って睨んでいると、父はフッと笑う。

「冗談だよ。怒るなよ。おお、怖い」

 思ってもないことを平気で言う父。

 頭上で燦々と輝く太陽が俺たちを照らしている。

 苛立ちが募る。


「早く言ってください」

 面倒なので、仕方なく敬語で訪ねる。

 本当はこんな男に敬語など使いたくはない。

 渋々の敬語でも満足したのか、ニタリと人を見下したような笑みを浮かべる。



「あの女は止めとけって言ったろ」



 そのままの表情で口から放たれた言葉に、一瞬思考が固まる。

「……ど、いう意味……?」

 声を絞り出すようにして、尋ねる。

 目の前に立った男は、笑みを引っ込めて無表情にこちらを見ていた。

「あの女はグールだ。知っていたな」

 完全に王の顔になった男の詰問。

 俺は目を見ていられなくなって、視線を落とした。

 父は最初から俺の答えを求めていないようで、答えずとも催促はしてこない。




「他の人間にバレないうちだったら、見逃してやっていたが……。さすがに俺も公になれば庇いきれん。ここまで、言えば分かるな?」

 再び見つめた目は、見るものを凍らせるような冷酷な瞳。

 まさか……。



 まさかーー!



「……ラストを処刑したんですか?」

 震える声で、恐る恐る尋ねた。

「人に害なすグールがいると分かってて、それを放置する王がいるのか?」



 ーー!!




 考えるより先に手が出た。

 片手で胸ぐらを掴み、思いっきり頬を殴った。

「何で! そんなことしたんだ!!」

 頬を殴った片手がヒリヒリと傷んだ。

 こんなことしたら、たとえ息子でも殺されるかもしれない。

 この人なら平気で殺すだろう。

 それでも、頭が考えるよりも先に手が出た。

 許せなかった。




「ラストは……! 彼女は……! 人を食べないようにっ、必死に努力してっ! それで! それなのに……何で……?」

 何で?


 何で?


 何で?



 何で?




 何で?





 何でーー!!!





 頭の中でぐるぐると思考が回る。

「何で、ラストが死ななきゃいけないんだよ!!」

 拳を振り上げて、再び殴る。

 その衝撃で、後ろに倒れた父の上に股がり、何度も何度も殴った。

 殴った自分の手が痛かった。



 こんなに、腹の底から怒りが溢れたのは初めての経験だった。

 何度も繰り返し殴り、そのうち殴り疲れた。

「……何で、ラストが……」

 グールだから……?

 だから、死ななきゃいけなかったっていうのか?




「気はすんだか?」

 俺の下でそういう父の顔は綺麗なものだった。

 何度殴っても、父はその傷を治すことが出来る。

「あの女が死んだのは、グールだったからだ。ただそれだけ。それ以上でもそれ以下でもない」

 淡々と言う男を俺は憎いと感じた。

 再び振り上げた拳は、今度は受け止められた。

 力一杯押しても、ビクともしない。



「何故、隠名かくしなを教えた?」

 俺は腕を降ろして、立ち上がる。

 父は無表情に俺を見上げていた。

「何故、教えた? その意味を知らないお前でもないだろう? 答えろ。グラセル・ド・ノアティス・シュトゥルガネフ」

 再び尋ねる父。

 俺は答えず、きびすを返しその場から立ち去ろうとした。

 父を殴ったときに落とした、荷物は驚くほど軽かった。

 その変わりようはまるで、ティナシィーが俺をラストに会わせまいと妨害していたかのようだった。




「人魚を見くびらないほうがいいぞ」


 振り返れば、王は地べたに胡座あぐらをかいてこちらを見ていた。

「俺を憎もうが、この地から去ろうが、俺から逃げられると思うなよ?」

 額でまが々しく光る目が俺を見ていた。

 そんなこと言われなくたって分かってる。

 たとえ、世界の果てまで逃げたとしてもその瞳から逃れることは神でもない限り不可能だろう。



 魔神の目。


 テオドア・シュトゥルガネフは百の目を持つ。

 全ての目が世界を見ているという。

 でも。

「世界の全てを見れるからって、何でも知った気になるなよ」

 あんたに俺の気持ちが分かるものか。

 それだけ言い捨てて、俺はその場を立ち去った。

 父は俺を止めなかった。






 賑やかな声と音がする方へ。




 歩みを進めた。







 辿り着いたのは、街の中心地である広場。












 ばか騒ぎしている者達の中心。















 そこに、晒し首にされているラストの頭部があった。

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