砂漠に住む魔物~12~
腕の中で震えて泣くラストに、俺はかける言葉がなかった。
何を言ってやればいいのか、どうしてやったらいいのか分からなかった。
ただ、俺の視線の先には肉の塊と成り果てた少女の死体があった。
ラストが殺したのだ。
食べるために。
己の空腹を満たすために。
生きるために。
俺の胸の中にぐるぐると感情が渦巻いている。
けれど、その感情を何と呼べばいいのか分からなかった。
ラストが泣き止む頃には、鼻腔を刺すような血の臭いも気にならなくなっていた。
* * * * *
「あたし達グールは他の種族と違って群れで行動したりはしないの」
ラストは俺の腕の中でぽつりぽつりと自分の話を始めた。
「あたし達の主食は人間。多くのグールが一つの所にいればいるほど、多くの人間が必要になる。この意味分かる?」
彼女は俺の胸に寄りかかり、問う。
俺は腕の中の彼女を見つめた。
ラストは俺の顔を見ていなかった。
遠くを見るような眼差しでどこを見ているか、分からない。
「その分、人に正体がばれる可能性が高まるということだろう」
俺の答えにラストは頷く。
「そう。だから、あたし達は生まれてから数年で一人立ちする。愛し合っていても、一時愛を育めばすぐに別れるの。生まれたときに、そういう風に教えられるのよ」
寂しそうな表情をしたラスト。
ふと視線を上げれば、硝子の外れた窓から夕陽が射し込んでいた。
ここに来てから大分時間が経過している。
そろそろ、迎えが来るかもしれない。
この現場を見られるのまずい。
「あたしの父は人に殺された。化け物めって散々罵られて殺されるのをあたしは見てた」
淡々と語るラスト。
なのに、その表情はとても悲しげでーー。
「あたしの母はあたしが殺した。空腹であたしは母さんを食べた」
彼女が俺の服を握りしめた。
俺はその手を見てまた、窓から射し込む日射しを見た。
時間が迫っている。
早くここから離れなければ。
父の臣下に見つかってしまう。
そうなれば、彼女は殺されてしまう。
分かっているのに、俺は動けなかった。
彼女を一人にしたくなかった。
「それから色んな街を転々としてきた。たまに失敗してグールだってばれて、殺されそうになったこともあった」
彼女の手がより強く俺の服を握りしめる。
俺はその手の上にそっと自分の手を重ねた。
「でも、何よりも辛かったのは……。殺されそうになったことよりも……。仲良くなった人に、化け物って詰られたこと」
再び溢れ落ちる涙。
ラストの涙は綺麗だった。
俺は彼女の顔をしっかりと見つめる。
「俺は君を化け物だなんて言わないよ。……ラスト、君が好きだ」
ラストが好き。
初めて会ったときに、彼女に心奪われた。
それは彼女がグールと知った後も変わらない。
「俺が君を守る。必ず。約束するよ」
彼女の手を握りしめる。
真っ直ぐにラストを見つめた。
彼女は目を見開き、驚いている。
奥の瞳が揺れていた。
「だから、もう泣かないで。自分を化け物なんて言うなよ」
俺は微笑んでみせた。
ラストは涙を溢しながら、俺に微笑み返す。
「あたしに殺されても知らないわよ」
君になら、殺されてもいい。
そう思った。
決して死にたいわけではない。
死にたくない。
でも、君にならこの命を捧げられる。
「君の為なら俺は何だってするよ。殺されてもいい」
そう言って彼女の唇にそっと口づけをした。
ラストは拒まなかった。
彼女の唇はとっても冷たくて、涙で少ししょっぱかった。
口を離すと、俺は立ち上がった。
「もう行かないと。そろそろ迎えが来る」
そう言って彼女の手を離す。
ラストは少し不安そうな顔をしていたけれど、俺の言葉に頷く。
「大丈夫。俺を信じて。また明日会おう」
微笑めば、彼女も微笑み返す。
「また会いましょう。ノア」
彼女は立ち上がって、俺に向かって手を振った。
その顔はもう普段のラストで、先ほどまでの弱った姿は微塵もなかった。