砂漠に住む魔物~10~
まだ、母が生きていた頃の話。
母にねだっては、おとぎ話を寝物語としていた。
「ねぇ、母様。お話をしてよ」
寝床に入りながらも、隣に座った母の服の袖を掴みせがんだ。
そうすると母は、父様には内緒よ? と言っておとぎ話をしてくれた。
ワクワクするような冒険譚もあれば、悲しい恋物語やゾッとするような恐ろしい話もあった。
その中にどの家でも必ず語られる、砂漠に住む恐ろしい魔物の話があった。
人を襲い、人肉を糧とする恐ろしい怪物。
その名もグール。
子供を拐い、旅人を拐かし、墓を漁る。
時には人の姿。
時にはハイエナ。
姿形を変え、人を喰らう化け物。
良い子にしてないと、グールに拐われて食べられてしまいますよ。
母は子供の自分にそう言った。
* * * * *
目の前に赤く光る瞳。
キリキリと細い腕が首を絞め上げる。
この細い腕のどこにこんな力があるのだろう、と思ってからそんなことを考えている場合でもないかと自嘲した。
ラストは俺に一瞬にして近付くと、俺の首を絞め上げた。
俺は抵抗する間もなく彼女の餌食。
そのまま殺されるかも、と思ったのだが彼女は首を絞めるだけで殺そうとはしない。
死なないように手加減されているようにも感じられた。
「……殺さ、ないの……か?」
声を絞り出すようにして問うた。
「殺されたいの?」
彼女は俺を嘲るように言った。
「……いや」
俺は彼女の言葉を否定する。
殺されたくはない。
まだ、俺は俺の人生を生きてない。
「まだ、死にた……ない」
彼女の首を絞める力が強くなる。
酸欠で目の前がチカチカする。
意識が飛びそうだ。
「……き、みは……俺をた……べた、ぃの?」
途切れ途切れにそう問う。
視界が霞む。
彼女は答えない。
「ラス……なら、こ……てもぃ……」
ラストになら殺されてもいいーー。
どうしてか、そう思った。
死にたくない。
でも、彼女になら。
彼女の為なら死んでもいい。
そう、本当に思ったんだ。
死にたくないのに、死んでもいい。
なんて矛盾。
その時、ふっと首にかかる圧力が弱まったーー。
ラストが俺の首から手を離したのだ。
肺に空気が送りこまれる。
俺はその場に崩れるように座り込み、咳き込む。
「……何で? そんな風に言えるの?」
ラストは震えそうな声でそう言った。
彼女の顔を見上げると、ラストはうつ向き髪で顔を隠すようにした。
一歩、また一歩と後ろへ下がる彼女。
「あたしが何だか分かっているの?」
彼女は服の端を握りしめていた。
その手が震えているーー。
呼吸を整えてから、彼女の問いに対し俺は問いを返す。
「……君はグールなのか?」