砂漠に住む魔物~8~
結局、予定の半分も進めなかった。
予定の距離を進むよりも、日が暮れるほうが早かったのだ。
見渡す限り砂漠が広がっている。
街の影すら見えない。
仕方がないので、今夜はここで野宿だ。
本来なら今日中に近くの街に着くはずだったのだが、予想外に荷物が重くいつものペースで進むことが出来なかった。
荷物を地面に下ろし、自分も地べたに座る。
体力も限界に近い。
このまま眠ってしまいたいが、そうもいかない。
火を起こさないとな。
万が一に備え、野宿の準備くらいはしてある。
人魚の肉を入れた袋ではなく、それとはまた別の袋から道具を取りだし、火を付ける。
砂漠では燃える物などそう簡単には見つけられないので、当然のように薪代わりの道具も持ってきてある。
準備しておいて本当に良かった。
火もなしに一夜を明かすなんてゾッとする。
ぼんやりと起こした火を眺める。
……とりあえず、食事をしよう。
正直、あまりにも疲れはてていて食欲はなかったが、明日も歩くのだから体力をつけなければならない。
携帯食料を取りだしそれを口にする。
固い乾燥肉だ。
固いうえに、美味しくないが贅沢は言っていられない。
何度も咀嚼して飲み込む。
ゆらゆらと揺れる炎。
見上げれば、頭上にはチカチカと星が輝いている。
満天の星空、とはいかないがそこそこ綺麗に思えた。
風が吹き、炎が揺れる。
寒いな。
砂漠の夜は冷える。
分かってはいたが、荷物の軽量化の為毛布は持ってきていない。
火で暖を取るしかないか。
炎の前に手を翳す。
ゆらゆらと揺れる炎を見つめながら、ふと思った。
結局、あの人は何もかも知ってたんだな。
どこまであの人の計算のうちなんだ?
あの人はどこまで予測していた?
自然とため息が漏れる。
考えても仕方がない。
どうせ俺にはあの人の考えなんて分かるわけがないのだからーー。
目を閉じると広がる暗闇。
その闇が俺を眠りへと誘う。
頭を振って眠気を振り払う。
一人なのに、眠ってしまうわけにはいかない。
砂漠には危険な魔物が住んでいるのだから。
疲れているのに、眠れないのはキツいな。
しかし、堪えるしかない。
ここで、こんなところで、死ぬわけにはいかない。
襲いくる睡魔と戦いながらも、夜が明けるのを待っていた。
風が吹き、体温を奪っていく。
冷たい手が後ろから俺の首に伸びて、そっと触れる。
青白いその手がゆっくりと俺の首を絞め上げる。
徐々に苦しくなっていく呼吸。
自らの手を首に伸ばすと、触れるのは少し冷たくなった肌。
そこには誰の手も触れていない。
振り返ってみても後ろには誰もいないーー。
全ては俺の妄想だ。
けれど、
ふと、気を抜いた瞬間に誰かの手が俺の首を絞めているような錯覚に陥る。
後ろからそっと抱き締めるように、俺の首に絡み付きゆっくりじわじわと締め上げる。
触れてみてもそこには何もないのに、その感覚が消えないーー。
睡魔に負けてウトウトした瞬間。
心臓が凍るような冷たい手の感触にハッとする。
息苦しさを感じて触れてみても、何もありはしない。
結局、心配しなくても一睡もすることはなく夜が明けた。