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砂漠に住む魔物~7~

 ラストには寝床としている家も町もないらしく、まるで根なし草のようにあちこちを渡り歩いているようだった。

 町から街へ。

 砂漠を渡り歩く。



 この街にいる時は毎日のように会えた。

 けれど一度ひとたび別の街へ移れば、一月以上会えないことも多かった。

 辛くはないのか、大変ではないか。

 そう尋ねても彼女は笑って答える。

「全然」

 これぐらい平気だと。

 笑って答える。

 けれど、時折ふと寂しそうな顔をするのだ。

 俺はラストにそんな顔をしてほしくなかった。

 だから、俺が彼女の居場所になりたかった。





 家を抜け出してはスラムへと向かい彼女を探す。

 運良く彼女と会えれば、二人で話をしたり、スラムを探検した。

 待ち合わせして、一緒に露店を回ったこともあった。

 気付けば彼女と初めて出会ってから2年もの月日が経過していた。

 そんなある日、俺は父に呼び出された。




 * * * * *




 俺の父のことをある人は、とても厳しい人だと言った。

 また、ある人は孤独なお方だとも言った。

 他にも、とても残忍で冷酷な人だと言う人もいれば、子供みたいに無邪気な方だと言う人もいた。

 あの人は狂っている、そう面と向かって言われたこともあった。

 母は父のことを優しい人だと言った。そして、可哀想な人だと。

 俺にはその気持ちが分からない。


 優しい?


 どこが?


 人を人とも思ってないような奴だぞ。

 ゴミのように人を捨て、虫けらのように殺す。

 それがテオドア・シュトゥルガネフという男だった。

 俺の父親にして、砂漠の国の孤独な王様。


『誰も彼を真の意味で理解することは出来ないだろう』


 それは、彼に生涯忠誠を誓っていながらも、彼に虫けらのように殺された臣下の言葉だった。



 * * * * *


 謁見の間に入ると、左右には美しい彫刻の施された柱が並ぶ。

 目の前には、一段高くなった場所に複雑な彫刻が施され、宝石のちりばめられた黄金の玉座が置かれている。子供の頃はきらびやかな玉座に偉大さを感じていたりもしたが、今は単なる権力の誇示にしか見えない。

 入り口から玉座までの道のりには朱色の絨毯がしかれ、天井には天使がラッパを吹き、騎士が戦っている戦場の絵が描かれている。

 この絵は父の代になってから描かれた絵だと聞いている。何とも悪趣味な絵だ。




 玉座には一人の若い男が座っていた。

 漆黒の髪に血のように赤い瞳。

 この国の王。

 テオドア・シュトゥルガネフだ。

 王を恐れる者はその赤い瞳を、人の血を吸い赤く輝いているのだとうそぶく。



 俺にはあながち嘘にも思えないけれど。

 あの人はそう周りから言われるほど、人を殺してきたのだ。

 肘掛けに肘をつき頬杖をつき、気だるげに手元の書類を眺めているその姿はどう見ても二十代後半にしか見えない。

 整った顔立ちをしている為、言い寄る女も多いとか。

 権力目当ての女は大抵、抱くだけ抱いて捨てられるのが落ちだが。



 実際の年齢がいくつなのかは俺も知らない。

 父が王位についたのは百年以上も前の話だと聞く。

 その頃を知るものはもう誰もいない。

 その話が嘘なのか本当なのか知るすべはもうない。

 歴史書など、いくらでも改竄かいざん出来るのだから。

 しかし、そのいつまでも変わらない姿を見る限り本当なのではないかと思う。

 父は魔法を使い、いつまでも変わらない姿で居続けているのだ。





 俺は玉座にゆっくりと近付く。

 見れば、見るほど自分に似ていることに吐き気がした。

 父から言わせれば、父が俺に似ているのではなく、俺が父に似ているそうなのだが。

 確かに実際そうだが、認めたくない自分がいる。

 俺は貴方が嫌いだ……。

 面と向かって言ったことはないけれど。

 玉座の前で片膝をつき、頭を垂れる。


「あの女はやめとけ」


 俺が口を開くより早くそう言われる。

 言葉の意味を理解するのに数瞬かかった。


「……何故?」


 自然とそう言葉が漏れる。

「何故? 言われなければ分からんのか?」

 嘲るようなその声の調子に怒りが湧いた。

 その怒りを押し殺し、頭を垂れたまま答える。

「彼女がスラムの女だからですか?」



 それしか理由が思い付かなかった。

 彼女が身分が低い者だから、駄目だと言っているのだと。

「そうではない」

 呆れたように言われる。

 何が違うと言うのだ。

「お前の母親もスラム出身ではなかったか。卑しい踊り子だ。それを許して何故スラムの女を駄目だと言うと思う?」

 また、嘲るように言われる。

 瞬間、押さえていた怒りが吹き出す。


「母を侮辱するのは止めてください」


 俺は顔を上げて、目の前の男を睨み付ける。

 交差する視線。

 父は何とも思ってないようだった。

 無表情に俺を見下ろす。

 怒りを必至に押さえようとして拳を握りしめていた。

 爪がてのひらに食い込むほど、キツく握りしめる。

 それ以上何も言えない自分が悔しかった。

 父に敵わない自分が悔しかった……。

「詳しくは言わん。それくらいはお前自身で気付けよ。とにかくあの女はやめとけ」

 そう言うと父はもう用は済んだとばかりに手元の書類に視線を落とす。

 俺はキツく手を握りしめ、怒りを押さえ込みながら、何とか一礼して謁見の間を後にした。



 * * * * *




 真っ直ぐ自分の部屋には戻らず、暫く廊下を歩いた。

 頭を少し冷やしたかった。

 暫く廊下を歩いていると、ほんの少し冷静になってくる。

 ラストを否定され、ついカッとなったが。

 自分で気付け?

 一体何のことを言っているんだ?

 父は俺よりも多くのことが見えてるのか。

 思えば、俺はラストのことを全然知らない……。

 彼女が今までどうやって暮らしてきたのか。

 どこで生まれたのか。

 色んな町を転々とする理由。

 何もーー。

 俺は知らない……。



 でも、だからといって諦めたくない。

 ラストを好きなのは俺の本当の気持ち。

 それを簡単に手放したくない。

 父が何と言おうとそれは変わらない。

 俺が父を理解できないように、父も俺を理解なんてできない。

 何より母を殺した父に人を愛する気持ちなど分かるわけがないーー。

誤字脱字があればお願いいたします。

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