砂漠に住む魔物~6~
スラム街の奥の方、ずっと探し求めていた人影を見つけた。
彼女だ……。
ゆっくりと近寄り、声をかけた。
「なぁ。名前教えてくれよ」
茶色い壁に寄りかかり、踞る少女はちらりとこちらを一瞥すると、立ち上がりその場を去ろうとする。
俺はその後ろを慌てて追いかけた。
「待てよ」
そう言って彼女の腕を掴もうと左手を伸ばした。
すると、彼女は俺の手を払う。
「触らないで……! 」
俺を睨み付ける彼女。
「君の名前が知りたいんだ」
彼女の目を見つめて言った。
暫くの間、ジーッとこちらを見つめる少女。
黒く輝く瞳が誰よりも美しかった。
汚れきった底の中で誰よりも輝いて見えた。
そんな風に輝ける理由が知りたい。
彼女をもっと知りたい。
対峙したまま数分の時が経つ。
先に目を反らしたのは彼女のほうだった。
「私に関わらないで……」
消え入りそうな声でそう言うと、彼女はその場を離れる。
遠ざかっていく背中。
俺はその背中を黙ってみているような人間じゃなかった。
「待ってくれ」
もう一度、彼女に手を伸ばす。
今度は右手が彼女を掴んだ。
触れた右手はとても、とても冷たい……。
「君のことをもっと知りたいんだ」
そう言って振り向かせた彼女はとても怒った顔をしていた。
「私のことを知ってどうするつもり?」
声に苛立ちが混じっていた。
怒った彼女も綺麗だった。
君をもっと知りたいんだ。
なぜ?
それはーー。
「君が好きだ」
そう告げると一瞬ポカーンとした顔をする。
「……嘘でしょ?」
彼女は笑った。
「冗談言わないで。私をからかって面白い?」
怒っているようだった。
それと同時に悲しんでいるようでもあった。
「俺は本気だ」
だから、もっと君のことを知りたい。
そう言うと、彼女は俯く。
触れた手はいつまで経っても冷たいままだった。
触れている俺の手のほうが彼女の冷たさで凍っていく。
そこから徐々に彼女に侵食されていくような錯覚に陥る。
その時ーー。
「……」
彼女が何かを呟いた。
「え?」
聞き取れずに聞き返すと、彼女は俺が握り締めた手を握り返してきた。
そうして、顔をあげると触れそうなほどに俺の顔に自分の顔を近づける。
瞬時に俺の顔は火照った。
半歩、後ずさる。
「あら、意外に初なのね」
そう言って、離れる少女。
けれど、決して手は離さない。
もう片方の手も添えて両手で握り締められる。
彼女のその行為に心臓が高鳴った。
「私の名前はラスト」
そう名乗って微笑んだ彼女はとても綺麗でーー。
思わず見惚れてしまった。
煩いくらいに鳴る心臓。
口の中で彼女の名前を反芻してから、俺は自分の名を告げる。
「……俺はノア」
「ノア……」
彼女は俺の名を呟き、するりと俺の手を離す。
名残惜しげに離れた自分の右手を見つめた。
冷たい感触がまだ手に残っていた。
「私のことが本当に好きなら……」
彼女の言葉に顔を上げる。
彼女は真っ直ぐに俺を見つめていた。
「私を追いかけて。私を追ってみせて」
そう言う彼女の顔は真剣そのものでーー。
でも、俺にはどういう意味か分からなかった。
しかし、俺がその意味を問う前に彼女は俺に背を向ける。
俺は歩き出したその背に声をかける。
「また、会えるか?」
彼女は振り返り、微笑んだ。
「あなたが私を追えるなら」
告げた言葉の意味は分からないままだったけれど、今はまだ彼女の名前を知ることが出来ただけで満足だった。
「……追うよ。俺は君を追う」
一人、呟いた。
そして、君を掴まえてみせる。
彼女に触れた右手を見ながら、俺は心に誓った。
冷たい君の感触がいつまでもそこに残っていたーー。