間章~5~
朱鳥が襖の向こう側に姿を現すと、古世未はハッと我に返った。
朱鳥のほうに体を向け、ひれ伏す。
帝は古世未が顔を上げていようが、何をしていようが気になどしないが相手が朱鳥ではそうもいかない。
朱鳥は伝統と規律を重んじる者だ。
上下関係や礼儀に厳しい。
古世未は千里眼を持っ者として、持て囃されてはいるものの、庶民に過ぎない。
ましてや彼は古世未より遥かに年上なのだ。
朱鳥から見れば古世未など、赤子に等しいだろう。
そんな彼に対し、顔をあげるなどそれこそ畏れ多い行為だ。
彼は帝に帰るよう促しているようだった。
それも、遠回しに。
帝は、古世未の催促には気付かなかったくせに、朱鳥の意図にはすぐに気づいたようだった。
幼くして国を治める地位につき、自由な行動も意思も縛られる少年。
古世未は帝を可哀想とは思うものの、古世未と帝では住む世界が違う。
帝が古世未を理解出来ないように、古世未も帝を理解など出来ないだろう。
帝が立ち上がり、何も言わずに部屋を出ていく。
賢明な判断だ。
ここで愚図ったところで、何も変わらないのだから。
ひれ伏したまま顔を少しだけあげて、その後ろ姿をちらりと見た。
背筋をピンと伸ばし、毅然とした後ろ姿であったが、古世未にはその小さな背中が、とても哀れに思えた……。
背中が見えなくなるまでずっと見つめていると、朱鳥の冷たい視線を感じ、少し上げていた顔を伏せる。
見るものを全て凍らしてしまうようなその視線に、冷や汗が背中を伝う。
帝が部屋を去った後、朱鳥はすぐにはその後を追わなかった。
古世未は黙ってひれ伏していた。
暫しの沈黙。
生きた心地がしなかった。
早く何か言え、と心の中で念じているとようやく朱鳥は口を開いた。
「穢らわしい忌み子が……。あの方に気安く近づいて良いと思ったか。身の程を弁えろ」
怒気を含んだ低い声にビリビリと体が痺れる。
それだけ言うと、朱鳥は帝の後を追って部屋を去る。
古世未は少しの間そのまま動けなかった。
何ともまぁ恐ろしい男よ。
少ししてから、ゆっくりと上体を起こす。
まだ、体が震えていた。
自らを抱き締め深呼吸する。
何度か呼吸を繰り返すと、震えが徐々に治まってきた。
震えが治まると朱鳥の言った言葉が思い起こされた。
両の手を腿の上で握りしめる。
言われずとも分かっているーー。
化け物と言われなかっただけ、ましか。
しかしーー。
「忌み子か……」
朱鳥は気付いているのだろうか?
そう思ってから、彼が気付いていないわけがないと思い直す。
彼はこの国で最も神に近い存在なのだ。
ならばーー。
いずれ。
「わっちを裁きにくるかの……」
静寂に包まれた部屋の中で呟いた一言はやけに耳に響いた。
誤字脱字があればお願いします。