間章~4~
朱鳥の目を盗み、屋敷を抜け出してきた。
制止する女達を押しきり強引に古世未の部屋に上がり込んだが、無理矢理過ぎただろうかと今更ながら思う。
しかし、こうでもしないと古世未は部屋に上げてくれぬだろう。
「……朕は帰りとうない」
帰れと言う古世未の言葉にそう返した。
目の前の古世未は顔を着物の袖で隠している為、本当に具合が悪いのか判断しずらかった。
古世未は何かと理由をつけて、朕と会おうとしない。
今別れてしまえば、次はいつ会えるか分からぬのだ。
まだ、側にいたいーー。
「古世未、朕を見よ」
朕の言葉に古世未は少し、顔をあげる。
髪と袖の合間に見えた美しい瞳に息を飲む。
ハッとするような美しさが古世未にはある。
古世未に触れたくて、ゆっくりと手を伸ばした。
彼女はそれを見ているだけで拒まない。
拒みたいなら拒めばいい。
それをしないのは、古世未が朕を受け入れてくれているから。
そう都合良く解釈した。
徐々に近づく指先に、朕から視線を逸らす古世未。
このまま時が止まってしまえばいいーー。
そう願った。
「……帝様」
あと少しで古世未に触れる、その瞬間、聞き覚えのある声に手が止まった。
声は襖の向こうから聞こえた。
「朱鳥か……」
そう呟くと同時に襖が開く。
姿を見せたのは燃えるような赤い髪と瞳を持った長身の男。真紅の衣に身を包み、地面に付きそうなほど長い髪は一つに束ねている。
朱鳥だ。
細身で整った顔立ちをしている為、女にももてるというが、本人にその気はまるでないようだった。
その証拠に朱鳥の口から色恋沙汰を聞いた試しがない。
「何のようだ」
手を膝の上に戻し、触れるために浮かしかけた腰を落とす。
視線を朱鳥から古世未に戻すと、古世未は朱鳥にひれ伏していた。
当然といえば当然か……。
朱鳥の位は帝の次くらいに高い。
「分かっていらっしゃるのでしょう?」
厳しい顔をしているのが見なくても分かる。
分かっている。
迎えに来たのだろう。
勝手に屋敷を抜け出したのだから、当然だ。
しかし、
しかし。
しかし……。
しかしーー。
手をキツく握り締めた。
何故、朕は会いたい人に会うことすら儘ならぬなのか。
手が白くなるほど、キツく、キツく握り締めた。
自らの生まれを何度呪ったことか。
「帝様」
朱鳥が言う。
一度目を瞑り、精神を落ち着かせる。
時間にして僅か数秒のこと。
握り締めた手から力を抜く。
そうして立ち上がり、何も言わず踵を返すように歩き出した。
一言でも言葉を発すれば、もう抑えが効きそうになかった。
朱鳥の横を通り抜け、無言で廊下を歩いていく。
朱鳥は少し遅れて着いてきた。
朕の後ろに近付き、耳元で囁く。
「お戯れが過ぎます……」
冷たい声だった。
昔と何も変わっておらぬ。
朕は何も言わなかった。
何も言いたくなかった。
頭の中で父上の言葉が思い起こされた。
“心を殺せ。お主に心は不要じゃ”
今は亡き父の言葉が胸に突き刺さる。
一言、二言しか話すことは叶わなかった。
何故、朕はこんなにも縛られておるのだ?
幼い頃から不満が胸の内で燻っている。
今も尚、消えることなくーー。
けれど、それを表面には出さず沈黙を貫き通してきた。
今までも、そしてこれからもーー。