砂漠に住む魔物~5~
初めて彼女と出会った日の夕方のこと。俺は父の配下に見つかり、家へ連れ戻されてしまった。
父の御前に連れていかれた俺はあの時何と言ったのだったか。
とにかく、滅茶苦茶に罵ったことは覚えているけれど、何を言ったのかは忘れてしまった。
父はそんな俺を見下ろして、鼻で笑った。
「悔しかったら、俺より強くなることだなぁ?」
俺を嘲笑うようにそう言った。
その時の表情、声色を全て鮮明に思い出すことが出来る。
その言葉が酷く腹立たしかったし、何より自分そっくりの顔がそう言っていることが許せなかった。
父からすれば、似ているのは俺のほうなのだろうけれど。
家を抜け出したことに対しては、何も言われなかった。
その代わり、警備はより厳重になった。
それでも俺は懲りずに何度も脱け出した。
父なら俺がどこから脱け出すか分かっているはずなのに、警備は厳重にしても俺を止めることはしなかった。
最後には家に連れ戻されるものの、俺が家を出ていくこと事態を止めたりはしない。
許してくれてるのか、それとも手のひらの上で転がされているのか。
後者のような気もしたけれど、俺は彼女に会いたくて、何度も抜け出してはスラムに足を運んだ。
そう簡単に会えるはずもなく、当然の如く会えない日が続いたけれど、俺は諦めなかった。
諦めが悪いのは父親譲りだ。
スラムを歩いていると柄の悪い連中に絡まれることも度々あったが、腕には自信がある。
一対多の戦いかたも心得ている。
俺を妨げるのは父の存在くらいだった。
どうにかして、父の目を掻い潜ることは出来ないものかと、頭を悩ませていた。
けれど、それは不可能なのだと分かってもいた。
父が俺に飽きるまで、俺が父から解放されることはないだろう。
そして、父が俺に飽きることもないだろう。
父は死ぬまで、俺を離したりはしない。
予感ではなく、確信。
断言してもいい。
俺は父から逃れられない。
この先ずっと。
永遠にーー。
* * * * *
彼女のことを考えていたはずなのに、いつの間にか父のことを考えている。
それに気付き、只でさえ重い足取りが更に重くなる。
太陽の日射しが地面に燦々《さんさん》と降り注ぐ中、俺は一人街を目指して歩く。
背には死体をに担ぎ、黙々と歩き続けていると自分の首を後ろから絞められているような錯覚に陥る。
死体から冷たい手が俺の首に伸びて絞めあげる。
そんなイメージが頭に浮かんだ。
勿論それは妄想に過ぎず、死体が首を絞めるなんてことが起こるわけがない。
万が一にそれが起こり得たとしても、この死体には腕がないのだから、人の首を絞めるなんてことは不可能だ。
俺は冷静に考える。
きっと、殺した罪悪感から息苦しさを感じて首を絞められているような錯覚を起こしたのだろう。
死体の入った袋を担ぎ直し、歩調を速める。
日が暮れる前にもう少し先へ進みたい。
俺は一刻も早く彼女の元へ行きたかった。