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間章~2~

 やはり、駄目だったか。



 鏡に映った、少女の姿を見て思う。

 真っ白な服を来た少女は冷たい石の床に仰向あおむけに倒れ、その胸は赤く染まっている。



所詮しょせんわらわ如きが動いたところで何も変わらんか」

 自嘲じちょうするように呟き、鏡の映像を消す。

 煙草盆たばこぼんから煙管きせるを取りだし、吸う準備をする。


 その手が震えた。

 嗚呼。

 これで、三人目。

 もう三人も死んだのだ。



流石さすがの妾でもこたえるのう」

 煙管を口にくわえて、煙を吸う。

 運命はそう簡単には変えられない。


 分かっているのにーー。


 口からため息が漏れる。


「そこにいるのは分かっておるのだぞ」

 壁を見つめそう呟く。

 すると、誰もいなかったはずの壁の前に人の姿が浮かび上がる。

 現れたのは、一人の女だった。

 襖を閉めきっている為、部屋は薄暗い。そんな暗がりでもはっきりと分かる金色の髪に、西洋のドレスを身にまとった美しい女性だった。

 ただーー。



「妾の部屋に土足で入るとはいい度胸よのぉ?」

 相手を挑発するように、そして嘲るように、古世未は言った。

 女性は畳の上にブーツで立っている。


「あら、失礼。わたくしの国では部屋では靴をいていますの」

 女性は平然とそう言う。靴を脱ぐ気配は微塵みじんもなかった。

 古世未は面白くないと、顔をしかめる。



「何の用かえ?」

 話題を変えようと、そう尋ねる。

「あら。わたくしのお話を聞いてくださるの?」

 意外といった感じで女性は言った。

「そのいまいま々しい傘を仕舞しまえばの」



 女性は部屋の中だというのに、傘を指していた。

 それは雨避け用の傘ではなく、日傘と呼ばれるたぐいのもので布製でフリルやリボンの装飾そうしょくほどこされていた。

「あら。傘はわたくしのトレードマークでしてよ?」

 そう笑いながらも、彼女は傘を下ろす。


 彼女が傘を下ろすのと同時にそれは一瞬にして彼女の手の中に消えた。

 常人が見れば驚く光景だが、古世未にとっては不思議でも何でもない。

 彼女は正真正銘しょうしんしょうめいの魔女なのだからーー。



「水の巫女が死にましたわね」

 彼女は古世未を見下ろして言う。

 脇息きょうそくもたれかかる古世未は必然的に彼女を見上げる形になる。


「耳が早いの……」


「巫女の敗因は何だと思います?」

 彼女はまるで、ゲームのように言う。

「さあの。妾には分からぬの」

 古世未の答えに魔女は口を笑みの形に歪める。



「選ばなかったことよ。分かっているのでしょう?」

 あっさりと答えを口にする。

 古世未は肩をすくめた。



「あの巫女は使徒達を選んだようで、本当は何も選べてないわ。使徒を選ぶなら、彼とは会うべきではなかった。すぐに彼とは別れるべきだった」



 女は笑う。

 赤いべにが光って見えた。



「でも、それは出来なかった。少年を選びたかったから。彼女は選択を迷い、タイミングを失った。それ故に命までも失ったわ」


 巫女を嘲笑あざわらう魔女。


「何が言いたいのじゃ?」

 女を睨み付ける。

貴女あなたは選択の時を誤らないようにね。貴女あなたまで死んではつまらないわ」



 そう言うと、彼女はくるりと回りその姿を消した。

 彼女が姿を消した後、ゆっくりとため息をついた。

 古世未は手にもっていた煙管を盆に置く。

千鶴ちづ。いるのだろう」

 ふすまの向こうに声をかけると、ゆっくりと襖が開く。



「も、申し訳ございません。お声をかけようかと思ったのですが、どなたかとお話をされているようでしたので」

 千鶴は廊下で両手をつき、頭を下げる。

「構わぬ」

 千鶴は恐る恐るといった感じで顔を上げた。

「あの。古世未様は一体どちらのお国の言葉を話されていたのですか?」

 躊躇ためらいつつも聞いてくる千鶴に笑みが漏れた。


「何、西の果ての肥えた者共の言葉よ。お主が覚える必要はない」

「肥えた……ですか」

 キョトンとした顔をする千鶴。

 何とまぁ愛らしいことよ。



「千鶴。お主は用があって来たのではなかったかの?」

 尋ねると、千鶴はあっという顔をした。

 それから、言いにくそうに口を開く。

「あの、帝様から使者が……」

 またか。

 帝もまぁ、りぬことよ。

「追い返せ」

 短く言い、下がれと合図する。

 千鶴は大人しく従い、襖を閉めていく。




 千鶴が去った後、鏡に手をかざし再び神殿を映し出す。

 石の床には赤い血溜まりが出来ていた。

 血に染まった銀色の髪。

 瞳は見開き、涙に濡れていた。

 赤い赤い血黙りの中に、美しい首が一つーー。

 女神の像がそれを悲しげに見つめていた。




「人魚の末路はいつも同じか……」



 呟くとまた、ため息が漏れた。

 脳裏のうりに浮かぶのは、先代の巫女達の末路。

 同じように外に憧れ、裏切られた彼女達。

 きっと既にあの時、決まっていたのだろう。

「水の巫女は滅びた。妾達はどこまで、運命にあらがえられるのかの?」

 煙の消えた煙管を口にくわえ、一人遠い過去に想いをせた。

誤字脱字があればお願いいたします。

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