水の巫女~7~
今日で終わりなんだ。
もう、会えない。
また、いつもの毎日に戻るの?
彼との時間はいつもとても短い。
密会していたのはたった13回。
明日で14回。
ちょうど二週間。
ここでは、時計がないから日付の感覚があまりないけれど、二週間私たちは会っていた。
二週間ーー。
短いのか長いのか。
長ったように感じていたけれど、唐突に終わりを告げられると短いようにも感じる。
私、どうしたらいいのかな?
一人、部屋の寝台で踞る。
そろそろ、時間だ。
行かなくてはいけない。
でも、行ったらもう終わりだ。
でも、行かなくてももう終わりだ。
行かなかったら、きっと彼は私に別れを告げることなく、去っていってしまうだろう。
予感ではなく、確信だった。
ここで行かなかったら、彼とはもう二度と会えない。
それは……、嫌だーー 。
私はむくりと起き上がり、寝台を降りる。
そのまま、祈祷の間に向かった。
部屋に入ると、彼はもうそこに立っていた。
「遅かったな」
怒るでもなく、彼は静かにそう言った。
「……ごめんなさい」
私は俯きがちに謝罪する。
「別にいい。それよりも、最後に一つ。お前に聞きたいことがある」
最後……。
その言葉に胸がズキリと痛んだ。
「お前はここを出たいか?」
……え?
グラセルの言葉にパッと顔を上げる。
「……今、なんて……?」
声が震えたのが分かった。
「ここから出ていきたいのか? そう聞いたんだ」
どうして、そんなことを聞くの?
残酷な質問に思えた。
だって、私はここから出られないのだからーー。
「出たい、出たいよ……」
私はその場に崩れ落ちた。
両手を床について俯く。
出たいに決まっている。
目から涙が零れ落ちた。
出たいーー。
ここから出ていきたい。
今まで塞き止めていた感情が溢れ出てきて、もう止まらない。
自由になりたいーー。
私はここから出ていきたいーー!
「なら、俺が連れ出してやる」
グラセルの言葉に涙が止まる。
「今……何て?」
床を見つめたまま、尋ねる。
「何度も言わせるなよ。俺がここから出してやるって言ってるんだ」
その言葉に耳を疑った。
本当に言っているの?
私をここから連れ出してくれるの?
まるで、本当に物語のようではないかーー。
彼が私の王子様。
外の世界を見ることが出来る。
それはとても魅力的な誘惑で、私が喉から手が出るほど欲しかったものだ。
それを今目の前にぶら下げられている。
行きたいーー。
彼について行きたい。
「……無理だよ」
しかし、私の口は彼の誘いを拒否していた。
「……何故?」
彼の問いに私は黙って首を横に振る。
「何故、断るんだ! 外の世界を今まで夢見て来たんじゃないのか!? ずっとずっと外にでたかったんじゃなかったのか? お前は外の世界をーー」
「やめて! ! 」
私は両手で耳を塞ぎ、グラセルの言葉を遮る。
その先は聞きたくないーー。
「何故、拒むんだ? 断る理由なんてないだろう? お前は女神なんて信じてないんじゃないのか?」
グラセルの言葉に首を振る。
「私は女神なんて信じてない。でも、それでも私は巫女なの」
再び目から涙が溢れた。
「私は最後の水の巫女なの。ここを離れるわけには
いかないの。私には、巫女としての責務があるの。皆を、裏切るわけにはいかないの……」
今になって私は実感している。
巫女としての責任の重さをーー。
巫女がいる理由なんて知らない。
女神に何を祈ってるかも分からない。
でも……。
それでも、私は巫女なんだ。
巫女を失うわけにはいかない。
今までに何度も考えてきたことだったーー。
外の世界を知りたい。
けれど、私は例え出ることが出来たとしても外には行けない。
巫女の役割が分からなくても、私が巫女としてここに存在することに意味があるのだからーー。
私が最後に選ぶものは最初から決まっていたのだ。
「私はここにいる」
泣くのを止めて、立ち上がる。
「私は最後の水の巫女。その責務を果たす為にここに居なくてはいけない」
グラセルの顔を真っ直ぐに見据える。
「ごめんなさい」
涙が頬を伝う。
彼はゆっくりと私に歩み寄る。
彼の顔が涙で滲んで私には見えなかった。
「本当にそれでいいのか?」
私は頷く。
何故、泣いているのか私には分からない。
分からないけれど、涙が止まらなかった。
グラセルが私の目の前で立ち止まる。
彼の右手が私の頬に触れる。
「それが、お前の選んだものなら俺は構わない」
頬に伸ばされた手がそのまま下へとずれ、私の首の鱗を撫でる。
「じゃあ、さようならだ」
手を離しそう言う。
彼のその言葉に私は慌てて、涙を拭った。
最後なのに、泣いてお別れなんて嫌だ。
涙を拭いて彼の顔をしっかり見ると、彼は笑っていた。
「……え」
穏やかな笑みではなく、ゾッとするような怖い微笑み。
背筋が凍るような気がした。
生まれて初めて私は心の底から恐怖を感じた。
「さようなら」
もう一度グラセルが言う。
怖い。無意識に一歩後退る。
すると逃がすまいと、グラセルは片手で私の腕を掴んだ。
驚くほど強く握られ、そのままグラセルの方へ引き寄せられる。
「あっ……」
冷たいーー。
胸に燃えるような冷たさを感じたーー。
視線を下ろすと、銀色の刃が見えた。
それが、何か理解する間もなく私の視界は暗転するーー。
* * * * *
床に倒れた少女の体を見下ろす少年の手には、赤い液体の滴るナイフが握られていた。
「別にお前が生きている必要はないんだ」
無表情に呟く少年。
「死体は重いから運ぶのが手間だ。だから、生かしておいてやろうと思ったのに。お前が拒むからだぞ?」
にぃーっと口元に笑みを浮かべる。
それは底冷えするような笑みであった。
「さようなら」
少年は屈み、少女の首にナイフを当てた。
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