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Red Crown  作者: lady-doll
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第一章 狂ったお茶会へようこそ

ティキが連れていってくれたのは、アンティークな造りのカフェだった。


地下へ続く階段を下ると、茶色の扉が見えた。

扉には、《おかしなお茶会》と小さな文字で書かれている。



「《おかしなお茶会》?」


「えぇ。貴女が頼っていた、情報屋の拠点でもあります」


「私が?」



でも、こんなところは見たことない。

私は首を捻った。



「ホントに?」


「はい」


「……ふぅん…」



ほとんど他人事で、自分が本当に“アリス”なのか分からなくなる。

そんな不安を見抜いたのか、隣の彼は私に言った。



「大丈夫ですよ。そのうちに思い出します」


「……そんな気休め、いらないわ」



冷たく突き放した私に、彼は困惑の笑みを浮かべた。苦笑いとは違う、本当に困り切った微笑だ。

でも仕方ないじゃない。そのうちに、なんて根拠のない言葉…一層不安を煽るだけよ。


冷たい空気が降り、互いに何も言えなくなる。

それを破ったのは、私でもティキでもなく、突如現れた第三者だった。



「……猫さん」


「!」



私は後ろを振り返った。

私たちの真後ろで、小さな少年が私たちを見上げている。ぼうっとした青色の瞳が、私をまっすぐ凝視する。



「…………だれ?」


「アリスだよ。また忘れちゃった?」



忘れる?

よく分からないけど、恐らく私の知り合いなのだろう。


私が見つめていると、少年はペコリとお辞儀をした。

慌てて、私もそれを真似る。



「アリス、この子はネム。この店で店員をしています」



この子が店員? 私は耳を疑った。

八歳前後に見える彼が、店員だなんて。



「こんなに小さいのに?」


「…………小さくても、生きるためには働かなきゃいけない」



驚いたことに、そう答えたのはネムだった。

彼の瞳が私を諭す。見た目の歳に似合わない、世界に絶望した瞳。



「生きることは、働くこと。生きるためには、もう歳なんて関係ないって……マスターが言ってた」


「私……馬鹿みたいなことを聞いちゃったのね」



ポツリと呟きを漏らすと、ネムはフルフルと首を振った。



「そんなことない。僕も初めて、働けと言われたとき……驚いた。でも仕方ない。“世界”が変わったから…」


「“世界”?」


「うん」



ネムが頷く。

それから、口を開いた……ところで、ティキが苦笑いで邪魔をする。



「すみませんが、中に入りません?」


「……分かった」



ネムは、店の扉を押した。お店の扉なのに内側に開くみたい。



「入って…。マスターのコーヒー、美味しいよ」



私たちは店の中へ入った。ネム、ティキ、私の順で。

扉を引きながら、中に入り切る。すると、途端に視界から光が無くなった。さすがにそれには慌てた。

戸惑うのもつかの間。知らない男の声が聞こえてきた。



「よぉ。クソ猫御一考さんよ」



入るなり投げ掛けられた言葉は、とても汚いものだった。


外の明るさから、一変。カフェの中は暗い。

窓なんて一枚もない、外からの光を完全に遮断した世界。唯一、その薄暗さを彩るのは、焦げた茶色のライトだけ。



「……」



次第に、部屋の暗さに目が慣れてくる。

黒い壁に、黒い机。丸いイスでさえ黒塗りで、その影は床に潜んで姿を眩ます。



「大丈夫ですよ、取って食うなんて彼はそんなことしませんから」


「わ、分かってるわよ」


「あぁ見えてお行儀がいいんですよ」


「聞こえてるぞ!!」



ふーっと吐息と共に薫る煙草の匂い。

煙草独特の刺激が、私の鼻腔と目の粘膜を痺れさせる。


てくてくと、ネムが足元を掛けて行く。

煙草の匂いの発信源と思しいところまで行くと、彼は何かスイッチを押した。瞬間、電気がつく。



「あ、こら。電気付けんなよ。雰囲気台無しじゃねぇか」


「……だってマスターは真っ黒だから、ちゃんと電気付けないと見えないんだもん」



ネムが言った通りだった。彼は突如として現れたのだ。

私は彼に気付かなかった。薄暗い部屋の中で、多少の家具の位置などは把握出来たのにも関わらず。


マスターと呼ばれた彼は、すらりとしたプロポーションの色男だった。

上から下まで黒一色の身なり。黒髪の下の赤褐色の肌と、濁った黒曜石のような瞳。

本当に暗色でコーティングされている。でも、納得出来ない。


何故、私は形を確認した椅子の隣にいた彼を認識出来なかったのだろうか。



マスターは言った。ネムへの返答を。



「違うさ。俺が黒いから見落とすんじゃない。ちゃんと見てねぇだけ。人間は闇から目を逸らしたくなるもんなんだ…なぁ、アリス」



それから、こちらに黒い瞳を向けて言った。



「お前は認識出来なかったんじゃなくって、認識する行程を阻んだんだ」


「……貴方…心が読めるの?」


「まさか。顔に書いてあるのさ」



やれやれと肩を竦めるマスター。

彼を殴りたい衝動を抑えて、私はティキを見上げた。



「ねぇ。どうしてここに来たの?まさか、本当にコーヒーを飲みに?」



マスターの手前、早く帰りたいなんて言えない。

回りくどい私の質問に、ティキは苦笑いした。



「まさか。そんなわけありません。……貴女が記憶を失った以上、一番確実な情報屋を頼るのが賢い選択でしょうし」


「記憶を無くしたぁ?」



ティキの言葉に、マスターはいち速く反応した。

その様子から見て、読心術は使えないらしい。



「はい。どうやら無くしちゃったみたいです」


「無くしちゃったってお前……」



マスターは頭を掻きながら、煙草を灰皿に押し付ける。

そして、深い溜め息をついて、



「とりあえず……座れや」



カウンターの席を指で叩いた。


私は彼の目の前の椅子に腰を掛ける。スプリングのせいで、ちょっとだけよたついてしまう。

私の隣には、ティキが座った。ネムはマスターの手伝いをしている。きっと仕事なのだろうと思い、隣に誘うのは止めた。



「マジでなんも覚えてねぇの?」



マスターがこちらに身を乗り出してくる。近くなる距離故に、彼の煙草の匂いがきつくなる。私の鼻腔を擽る、甘ったるい紫煙。



「覚えてないわ。それから、煙草を捨てなさい」


「は?」


「バーとはいえ、飲食店を営む者が堂々と煙草を吸うなんてどうかしているわ。今、吸っている一本だけでは駄目よ。所有している分、すべて破棄しなさい」



私の命令に、マスターは目を見開いてフリーズした。それから何秒か経ってから、彼は俯いて笑い声を漏らした。

それは段々と大きくなり、しまいには腹を抱えて笑い始めた。



「は!はーははは!おいおい、マジかよ!ホントに記憶ぶっ飛んだのかよ!」



記憶を無くした私を、マスターは笑い飛ばす。



「いつものお前なら、一本くれと命令するのによ!あー、おかしい!」


「……」



いつもの私はそんなことを言うのか。


とはいえ、おかしいと言われたってこちらとしてはどうしようもない。


前の私なんて知らない。感覚的には他人だ。前の私がどんなことを言ったかだなんて、今の私にとったら身に覚えのない発言。


それなのに、いつまでたっても笑っているマスターに、私は怒りを覚えた。



「……黙れ。笑うな」


「はははっ……こりゃ、失礼」



マスターは、なんとか口の中で笑いを噛み殺していると言った様子で、私に一つ謝罪した。

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