5.バアルちゃんの場合
「……(無言の催促)」
「言われなくても分かってるよバアルちゃん」
大きなホットプレートの上のホットケーキをひっくり返しながら、バアルちゃんに対してつぶやく。
別に仕事を休んだわけじゃないです。大事な取引もうまくいったみたいなのでたまにはパーッとした感じにしたいなと思ったのでケーキを作ろうかと思っただけです。
まあ、普通のケーキではつまらないので、普通のホットケーキを何枚も重ねて土台にする予定ですけど。
……理屈で言えばマズくはないはずです。あんこと生クリームの相性は悪くないハズですし……
「……追加注文、最低でも13層に重ねること」
「別にいいんだけど……多分何層か冷めちゃうよ? 13個一気には焼けないから」
「…………(無言の絶望)」
「まあ、普通のどら焼きサイズのでよければ13層出来るけど、どうする?」
「……じゃあ小さいの」
言われて、小さめのホットケーキを隅っこの方に作った。とりあえず大きめのはバアルちゃんと他の皆さんにホットケーキとしてあげることにします。
焼けるのを待つ間、ホットケーキの様子に気を付けながら、バアルちゃんの方をみる。
長い金髪、眠そうな目をした蒼い瞳……何度見ても、悪魔と言われても納得できない、ロから始まってンで終わる人種の人が連れ去ってしまいかねない容姿ですね。
悪魔のくだりは、口まわりをあんこで汚しているのを除けばですけど。
「ねぇバアルちゃん、摘み食いしてないよね?」
「……(無言の否定)」(フルフル)
「じゃあ口まわりが汚れてるのはボクの見てる幻かな?」
「……(無言の肯定)」(コクコク)
「ところで、ここにおいてあったあんこ知らない?」
「……知らない」
しらを切るなら……まあ、仕方ないよね。食べ物の嘘で釣るのは必要悪ですよね。
「……ところでバアルちゃん、おはぎを作ろうかと多めに作ったあんこ知らない?」
「……!? (無言の驚愕)」
「無くなっちゃったのなら作れないし……仕方ないよね」
「……あぁ…………(無言の絶望)」
「バアルちゃんが正直に答えてくれるなら、買ってきて作らないこともないんだけどね……(チラッ)」
作ろうかと思っていたのは嘘だけど、作るかもしれないというのは本当……かもね。それはバアルちゃん次第だからね。
「……丼に入れてあったあんこは……私が食べた」
「正直でよろしい。でも、今度から摘み食いするのはダメだからね?」
「……ごめんなさい」
これでよし、と……
いや、良くなかった……具体的にはホットケーキがちょっとだけ良くなかった。
「少し焼き過ぎちゃったけど……ま、いっか」
そう呟きながら、先に焼けた3枚のうち2枚をバアルちゃんのお皿に、のこり1枚を別の皿に……どこぞの橘さんみたいにキッチン覗き込んで、妬ましそうな視線をバアルちゃんに向けていたレヴィさんにあげるためにのせた。
せっかくだから、生クリームでサッと絵をかいて、のそっとイチゴをのせて2人に……レヴィさんを手招きして、皿にのったホットケーキを手渡した。
「お待たせ」
「あっしの事を忘れたかと思ったッスよ、イズモさん」
「……ごめんなさい。忘れてたワケじゃないんですけど……まあ、バアルちゃんを優先してたところは……あったかも……」
「ジェララララーっ! なんであっしよりもそんなちびっ子を優先するッスか! あとなんでホットケーキに旧き印を書いてあるッス!」
「ふるき印? 普通にレヴィさんの紋章を……記憶を頼りに……」
「ジェラララララララララーっ! じゃあなんであのちびっ子のにはちゃんとしたバアルゼブルの紋章がかかれてるッスか! あっしとの格差が酷すぎないッスか! トーマスさんのファン辞めるッスよ!」
ジェラシーレベルがもう少しで最高ランクに行きそうで、かなり危ない状況です。ちなみにジェラシーレベルは……「ジェララララーっ!」っていう部分でだいたい分かります。
あと、バアルちゃんのには星をかいたつもりなんですけどね……
「……これが格差、レヴィ……食事エンド」
自分で淹れたらしい紅茶を飲みながら、キメ顔でレヴィさんに告げるバアルちゃん……
完全に火に油を注いでいる状況だね……
「ジェェェェェェラァァァァァー!!」
ついにジェラシーレベルがMAXの10に……要はすごく危険です。この状況のレヴィさんには近寄らないようにしましょう。そして遠くから宥めましょう。
なのでホットケーキをひっくり返すために一時的に撤退します。とりあえず甘いものでなだめることにしましょう。
「あとで制裁ッス……」
……甘いホットケーキで機嫌が直ればいいですね。
まともなレヴィさんの出番がやっとなのは私の責任だ。だが私は謝らない