Boys in wonder 京都!
僕は神宮寺潤。今をときめく人気爆発中イケメン俳優さ⭐️人は僕を「王子」「JJ」って呼ぶよ。
ちなみに、放映前のW主演ドラマの派生映画の撮影が押していて、三徹中❤️
「殺せ…」
「潤、中身出てるよ。」
誰を、なんて言わないW主演の相方が、にこやかな表情を崩さないまま注意してくるが、面白がっているのが透けて見える。自分は火の粉をほとんど被っていないからって呑気なものである。
「あのブス、俺との絡みの時だけNG出しやがって、しかも全部進行が押してもギリギリなんとかなる天気関係ない屋内のシーン。アドリブとか言ってひっついてきやがるし、婚約者役であって、俺はブスの婚約者じゃねぇっつの!」
「まぁまぁ、女優さんは国民全部の女子代表なんだよ。王子様の仕事をしてさし上げないと。」
「俺の役どころはわかってんよ。…あー、でも徹夜辛い。太陽黄色い。」
こそこそと台本の打ち合わせを装ってする翔月との談笑が唯一の心の安らぎになってしまったこの撮影は、俺、神宮寺潤とKAKERUのW主演で送るサスペンスアクションシリーズの映画第一作の京都ロケだ。今は2人の鴨川のシーンを撮る前に件のブスこと女優が撮影中である。
梅が散るころだが、そう長い映画でもない娯楽のための作品であるためか夏映画として出されることがもう決まっており、まだ肌寒い中薄着での撮影となっている。俺以外は風邪でも引いたら一発お蔵のザル計画映画だな、と鼻で笑った。
「ほら、メイキングのカメラが回ってる。」
そんなに特典映像ばかり気にかけて俺やKAKERUの顔ファンで予算を回収するのなら、もっと中身で勝負すればいいのに。
なんて栓なきことなのだ。自分が考えるべきことじゃない。だから、カメラを振り返りヘラりと笑いながら手を振った。
女優がOKテイクを出した後、翔月とただただ春の鴨川沿いを歩きながらこれまでのあらすじについてくっちゃべるシーンはアドリブを含めてワンテイクで終わってしまって、自分と女優のシーンだ。
予想通り数テイクは予想していたが、まさか、化粧直しも含め数時間経ってもまだ撮り終わらないとは思わなかった。今まではこれをやるのも室内の時だけだったが、ついに潤との2人きりのラストシーンとあってか、派手に「婚約者役」と言って役からはみ出たアドリブをかましてきてどんどん時間が押してしまっている。鴨川は屋外なため、交通規制をするにも時間制限がある。それを女優もわかっているはずなのに。
(この後の翔月との3人のシーンも撮ってねぇの、わかってんのかこのアマ…)
さらに数テイク重ねたところで、ついには女優の台詞がアドリブというにはのちのシーンに影響がある形で飛んだ。演技は一番落ち着いたものではあったが、これでは繋げられない。
だというのに、「はーいOKでーす、お疲れ様でしたー。」という監督ののんびりした声が響いた時、潤の中の何かが塞がった。
撤収でーす、という声とともに慌ただしくなる現場に「スタバ行ってくる。」と言い残して衣装にトレンチコートを羽織った潤は、一級河川から姿を消した。
□
頭の芯が冷えた状態で混雑した祇園のスタバに着いた潤は、ホワイトモカチップフラペチーノのソースとクリームをマシマシにするところまでルーティーンで行い、シックな赤いランプの下でぼんやり店内を眺めたが観光に来たらしき外国人で座るところはなさそうだと判断した。
東京の画一化されたシステマチックな趣と違い、京都のスターバックスは和をモチーフにしているのかなるほど観光客が喜びそうな雰囲気である。そんなことを考えていると店員が自分を呼び、受け取って外に出て現場に戻ろうとしたところで、目の前にあったバス停にちょうどバスが停まった。誰も降りてこない後ろのドアが、自分に向けて開いているように感じ…思わず乗ってしまった。
(逃避行…ってやつか。)
どうせ今日の自分の分の撮影は終わっている。3人のシーンは後回しかカットだ。
さっきのでわかるように、監督でさえ脚本へのリスペクトが足りない作品になってしまった。自分が最悪抜けてもなんとか帳尻を合わすだろう。と考えるところまで自暴自棄になっていたところで見知った地名がアナウンスされ、ふらふらっと席を立った。
財布とスマホだけは持ってきていて助かった。フラペチーノの一等甘くなったぬるい液体を吸い込み降りようとして戸惑った。今まで京都には来たことがある。しかし全てタクシーかマネージャーの三ノ宮の運転だった。バスは初めて乗る。普段が普段だから交通系ICは持ち合わせていない。
(クレジットカード…は、だめだよな。)
続く機械的な女性の声のアナウンスを聞く限り、事前に紙幣を崩すことが出来るようだ。
運転席の隣に設置された大きめの箱のような機械に万札を突っ込もうとしたところで、横から静止の声がかかった。
「お客さん、すいませんが高額紙幣の両替はでけへんのです。千円札やったら崩せますよ。」
「え!?」
現金なんぞ日常生活でほとんど使わなくなってしまった潤の財布は、念のために2枚持っているチタン製の黒いカードと滅多に出動しない諭吉を20人。他はスマホで事足りた。片田舎に来たわけでもないのでまさかの事態に言葉を失ってしまう。運転手がマイクを使って「お客さんの中に一万円札を崩せる方いらっしゃいませんか〜?」と呼びかけてくれたが、それでもフリーズしたままだったのはおそらく三徹も効いていたのだと思う。
「はーい!俺ちょうど千円札5枚あるから、誰か五千円札2枚あるひといますか〜?」
はいはい、おばあちゃん五千円札あるの?大丈夫?使うやつじゃない?ありがとう。んじゃ、お兄さんの一万円札と交換して、お兄さんがもらった五千円札一枚を俺がもらって、俺の千円札をお兄さんにあげる。
「これでどうよ!」
にこ!という文字が背後に背負ってこちらに120%の笑顔をピンク頭の少年が向けてきた。それにも大した反応ができず、運転手がマイク越しに「お客さん、ありがとうございました〜。」という声と周囲の温かな拍手でやっと世界が戻ってきた。
「あ、ありがとう。」
「いいって〜。観光で来るとわかんなくてびっくりするよな。お互い様。」
お兄さん、降りる?と聞かれ慌ててもらったばかりの千円札を崩した。なんだか惜しいような気がして、残りの4枚の千円札は大事にしまった。少年はその間にバスを降りてしまい、慌てて後を追いかけ声をかけた。
「どったの、お兄さん。」
「いや、本当に助かった。ありがとう。何かお礼を…」
「いいよ〜。あんなん日常茶飯事だし。また誰かが困ってたらお兄さんが助けてあげてよ。それがいいな。」
お兄さんお兄さんという、彼はどう見たって最近の若者だ。それに王子と称される自分の失態をSNSで拡散でもされた日にはたまらない。言い方は悪いが口止めしなければという気持ちはあった。
「ほんと、いいんだって。今日はこれから俺も観光しようと思ってるし、お互いいい日にしようぜ!じゃ!」
くるりと身を翻そうとする少年をさらに押しとどめて、なぜ自分がそこまで自分のイメージを大事にしているのかと自分でも不思議に思いながらどうすればこの少年とこれっきりならずに済むかを頭を巡らせた。
「僕も、僕も一緒に観光しちゃダメかな。」
「へ?」
「いや、友達にも自慢できると思うし、絶対一生の思い出になるよ?」
焦りながらも、出た言葉と表情は自分のいつも被った仮面を全面に押し出すもので、こんなに芸能人パワーを全力で使ったのは初めてだなと思いながらどこか冷静な部分が俯瞰していた。
しかし彼は自分の提案にポカーンとした顔をした後、吹き出した。
「ぶーっ!!あーはは!!助けたお兄さんと観光すると自慢になっちゃうんだ?確かに、お兄さんキレーだし、連れ回すの楽しいかも、あはは!でも俺も京都の人じゃないからガイドにはあんまりおすすめしないよ?ふふ。」
そう言われて頬にサッと紅が刺した。
(こいつ!俺のこと知らねーのかよ!?神宮寺潤だぞ??!!)
赤くなった頬も勘違いしたようで、少年は「ごめんね」と言いながらまだふふふ、と声を漏らしている。
「じゃあ一緒に嵐山行く?桜が見頃なんだって。」
□
餃子の王将本店でまず腹ごなしをしよう、と早速暖簾を潜ろうとした少年を追いかけて、何年かぶりにラーメン屋に入った。
大した人避けにもならないだろうが、とサングラスをかけたまま飲食したのだが、この街は観光に来た街を満喫することに一生懸命な人しかいないためか、芸能人の撮影とお忍びに慣れた街であるからか、誰にも声をかけられることはなかったが、ラーメンをちょうど啜っていたタイミングで区切られた隣のテーブル席から「JJの新ドラマ始まるんだって!」「よかったね。」という会話が聞こえてきて咳き込んだ。
「ちょっ、大丈夫!?あ、噎せた時に水のんじゃダメだよ!」
気持ちキツめに背中をさすられてなんとか左腕を上げて大丈夫とありがとうを伝える。
「あーあー、焦んないでいいよ。ゆっくりお食べ。」
「ごめ、うおっほ、げへ、」
「喋んなくていいから。」
しばらく苦しんで隣のテーブルが空いた頃、ようやっと落ち着いて少し冷めた麺を啜った。
先に食べ終わった少年は追加で頼んだ杏仁豆腐を食べながら待っていてくれた。
「…君はさ、『神宮寺潤』って知ってる?」
目の前にいるんだけど。とは言わずに意地悪な質問をしてみた。
すると、意外なことに「名前は知ってる」と返ってきたのだ。
「名前は知ってる。これでも現代っ子だからね。クラスの話題にもなるし。でも俺んちテレビないんだよね。雑誌も新聞も取ってないし。勿論スマホも持ってないしね。」
何が勿論なのかわからないことを自称現代っ子が宣う。だから名前は聞いたことあるけど見たことはない、と。
「うち、家は東北の方なんだけど、じいちゃん大病しちゃって。でも身内俺だけでね。病院で治療してもらうにも限界があるってなった時に、こっちの大学病院のiPS細胞の治験ってやつの話が来て、京都の大学病院に入院することになったんだけど、俺も学校があるし、卒業しろってじいちゃんにも言われてっから長期休みの時だけこっちの知り合いに空いてる町屋の管理人させてもらって住んでんの。」
「なかなかヘビーな人生送ってんね。」
「そうでもないけど、まぁバイトもできないから先も見えないし金はないから娯楽にはなかなか手が出んのよ。」
ごちそーさんでした!と少年が微笑むのと、自分が食べ終わるのは同時だった。
「でもなんとなくは知ってんよ。なんか、王子様とか言われてる人でしょ?」
「ゴホッ、そ、レより、お前の名前はなんていうんだよ?」
そっと伝票を取りながら今更な質問をすると、三徹にはサングラス越しにも眩しすぎる笑顔で自己紹介をいただいた。
「園崎衣織、好きなタイプはアンジェリーナ・ジョリー。よろしく!」
「あ、えーと、西園寺翔月。好きなタイプは井上和香。よろしく。」
□
お会計を終えると、外の明るさがまた体に刺さって軽く眩暈がした。
「ごちそうさまお兄さん。あ、かけるくんはどれくらい時間あるの?」
「は!?…いや、お兄さんって呼ばれたいかな。」
「へ、へぇ。変わってんねお兄さん。」
翔月の名で呼ばれてつい動揺してしまったが、翔月のままで呼ばれ続けるのは心臓によろしくないと思った。なんかあらぬ誤解は困るが。高校生ならセーフだろ。いやいやセーフって何が。
「時間はいくらでもあるよ。なんならこれから部屋探ししたいくらい。」
「へー。お兄さんはなんで仕事辞めちゃったの?」
「は?」
「あ、違う?こんな年度末のクソ忙しい時に京都観光なんて出来るの、学生と社畜卒業生くらいかなって思って。んじゃ、こっからバスあれ乗って行こうか。」
暖簾から2メートルほどのところにある先程降りてきたバス停に向かって、来たバスをろくに確認もせずに衣織が乗り込んだのをついで乗り込む。
適度に空いたシートに2人で横並びに座り、途中の車窓から「ここら辺一帯見える建物は全部大学なんだけど全部違う大学なんだ」とか「この辺りはラーメンの激戦区で熱い」とかいう心地よいガイドを隣で聞いているうちに眠ってしまっていた。
「…お兄さん、お兄さん降りるよ。」
「んんっ、もう朝?」
「ふふっ、違うけどもう起きないと、俺困る。」
ハッとして我が身を振り返ると、頭が衣織の胸に埋まっていた。
「悪い、いやごめん!よだれとか垂れてない!?」
「気にするの、そこなんだ!」
ワハハと笑う太陽属性に手を引かれてバスを降りた。
京都という同じ土地の感覚は伝わってくるのに、車一台どころか下手な原チャリでは通れない小路をズンズンと進み一軒の見た目にとても小さな家に辿り着いた。
「あれ?嵐山は??」
「お兄さんめちゃくちゃ疲れてるみたいだから、嵐山はまた明日ね。今日はもう寝たらどうかと思って家連れてきた。」
「いやいやいやいや!?悪いっていうか、そんな赤の他人をすぐに信用すんなよ!」
「あ、もうホテルとってある感じ?」
「とってないけど!」
「だったらラッキーって思っときなよ。このシーズン絶対まともなお布団を現地で取れると思わない方がいいよ。京都なめんな?」
わー!久しぶりのお客さんだ〜!と衣織が引き戸を開けると入り口に反して中は広い空間が広がっていた。
腐っても「神宮寺潤」だ。一見さんとはいえ、チタンの恩恵でねじ込もうと思えば一部屋くらい取れるだろうとは思う。しかし、この衣織の喜びようと、だだっ広い必要最低限の家とも言えない空間を見てそんなことは口から出ようもなかった。
そして、本当に潤は限界であった。
「お兄さーん!?待って、待ってそんなところで寝ないで、俺運べないかもよ!!??」
□
翌日最初にしたことはシャワー、そして服を買いに行くためにGPSを使い現在地と四条通りを検索することだ。
昨日、なんとか布団に潤を寝かせることに成功した衣織だったが、服を脱がすことができなかったために拭くことも洗濯することも叶わなかったため、二日続けて同じ服というのは気分の良いものではないがシャワーの後同じものを着ている。
しかし久しぶりの睡眠は潤を十分に潤したるものだったらしく、脳みそがなくなってしまったのではないだろうかというほどスッキリしていた。
「衣織!服買いに行くぞ!」
「ふふ、朝ごはん食べたらね。」
お兄さん元気になってよかった。と微笑む衣織を直視してしまい網膜が焼かれたと思い、心臓が恐怖でバクバクとうるさい。
衣織がおさんどんしている間に四条のメンズファッションの店に入れるように手配しておいた。昨日よりスマートに動く脳に我ながら感心した。
朝は洋食か和食か聞かれ、気分で洋食と答えただけなのに予想以上のものが出てきた。
ふわふわのスクランブルエッグとカリカリのベーコン、トマトとレタスとフレッシュモッツァレラのサラダ、コーンポタージュ、クロワッサンにコーヒーだ。
「簡単なものだけど」と言っていたがどこら辺が簡単なのか。飲み込むのが簡単ということだろうか、なるほどあっという間に平らげた。
「卵とベーコンと、っていうか美味しいと思うよ、ほぼ素材だし。」
照れ隠しのように、近くにスーパーがあること、潤のために多少いつもよりいいものを奮発したこと。そしてコーヒーは裏が豆の焙煎と販売専門の店であること、クロワッサンも専門の店があってさっき焼き上がったものを並べただけであることを述べてくれた。
だが、この胸の内から湧き上がる気持ちはなんだろう。その行動の全ての起点が自分であることがこんなにも嬉しいのだ。テレビもないほどお金に余裕がないと言いながら、潤のリクエストに応えるために朝から全力を尽くしてくれたことがわかる。昨日塞がったと思った心の奥底のドアが嬉しいで侵食されて爆発してしまいそうだ。
(?あのブスが弁当よこした時はなんか混ぜ物でもされてたらって怖くて捨てたっけ。)
1番近い記憶だとそれだが、今までの人生でもそういう類のものはできるだけ避けてきた。それが衣織だとこんなにもプラスの気持ちが溢れてたまらない。これはなんなんだろうか。
「ところでお兄さん、どこで服買うの?お兄さんおっきいから適当な若者が着る服は着られないでしょ?」
「失敬な。これでもお前と同じ平成生まれだよ。」
「大人っぽいね!」
「馬鹿にしてんのかコラ。」
「昨日より元気になったのはいいけど、口が悪くなった気がする。」
「元からだわ。慣れろ。タクシー待たせてるしそろそろ行くぞ。」
タクシー!?と外に止まっていたのは、ハイヤーだった。路地の片側に申し訳なさそうに止まっている。果たしていつから呼び出されていたのか。
行き先としてハイヤーには服飾店のブランド名だけしか伝えていないが、ナビを使うこともなくスイスイと京都の一本道を抜け車線変更にも渋滞さえものともせずものの15分ほどで目的の場所に着いた。
「ちょ、お兄さんまだお店開いてないんじゃ…」
「開けさせた。問題ないから早く来い。」
買い物が終わる頃にまた戻ってくるように頼んであるので、市バスの邪魔になる前に退いてもらわなければならない。固まったままの衣織の手をとって店の中へ入るよう促すとズルズルと腕に隠れるように引きずられながらなんとか店内に入れた。
「いらっしゃいませ西園寺翔月様。」
「電話でも言ったけど、店長以外接客をする必要はないし、基本的に放置しといてくれたらいいし、僕は西園寺翔月だからよろしくね。」
「ふっ、勿論でございます。今日はとても可愛らしい助手さんをお連れなんですね。」
「助手?」
「衣織が気にすることじゃない。」
助手というのは、先の作品においてKAKERUがやっている住職としてお勤めをしているといろんなところから相談を請け負うため事件に巻き込まれてしまうお坊さんの悪友で歴史学の大学教授である神宮寺潤の役所のことで、最初こそ顔ドラマと話題になったが、W主演の人気も二分する2人がなんだかんだ一緒に事件に巻き込まれて解決することになるサスペンスアクションシリーズは今や最終回には次の舞台とゲスト予想がされる人気シリーズとなっている。
「これなんて衣織に似合いそうじゃない?」
「いや、お兄さんの服見に来たんだよね?」
ノリのいい悠仁と2人、お互いに薦める服を着せ合いっこしてたまに写真まで撮る。
ひとしきり楽しんだところで衣織がその服全てに値札がないことに気づいた。サッと顔色を悪くした衣織も可愛らしいなと思いながら「大丈夫だよ、全部買うから」と爆弾を投下する。
「え!?全部!?」
「うん、お互い着たやつと衣織が勧めてくれたやつと俺が着てほしいやつだけ。」
「そんなお金ないよ!?」
「朝ご飯代と布団代。一宿一飯の恩義ってやつだよ。」
「傘子地蔵を超えるレベル!?」
「これとこれは着て行くわ。それ以外は袋入れてくれる?」
「かしこまりました。」
着ていらっしゃった服はいかがなさいますか?と聞かれて一瞬迷った。これは衣装だ。借り物で、あのシーンは終わっていて、後で買い取れば問題ないし捨てて行こうか。そうまで思ったのに、何かが引っかかり言い淀んだ時、横から慌てた声が響いた。
「え!まだ全然着るので一緒に包んでもらえると嬉しいです。」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの衣織が今日も眩しくて胸が痛い。胸をどんどん叩いているうちに店長は微笑んで包装するべく奥に引っ込んだ。
今潤が着ているのは、白を基調としたシンプルなアンサンブルにインディゴデニム。衣織は後ろが燕尾になっている白シャツにざっくりあみのサマーセーター、スキニーパンツだ。靴は揃ってエナメルの黒で型違いのものを履いている。ついでにアクセサリーだから、と丸め込んで時計も同じものをハメさせた。
「さて、どこから案内してくれるのかな?ガイドさん。」
□
店から出るともうハイヤーが止まっていて、持ちきれないと衣織が絶望していた荷物は全て運転手と店主によって車の後部に運び込まれていた。
「今日1日は借り切ってあるから、行きたいとこを言えよ衣織。」
「すごい金の使い方するよね。お兄さんってボンボンでしょ?」
「あん?死にてぇの?」
「ごめんなさい、円山公園行ってください。」
かしこまりました、と言って車がエンジンスタートするのと同時にどこかに潤は電話をかけた。
「お昼ご飯予約してくれたの?」
「そんなとこ。」
「あんがとね!楽しみにしてる。でもでもガイドで返せなかったらごめんな!」
くすくすと笑い合ううちにあっという間に着いてしまうほど円山公園は近かった。普通は歩いて行く距離だよと衣織は楽しそうだ。
ど平日、しかも今年の桜はいつもの開花より二週間早くて、人はまばらだった。
ぐるりと桜の降ってくる庭を回り、枝垂れ桜のポイントでツーショットを撮った。
「次このまま八坂神社くだる?で知恩院行くか、ニ寧坂上がって清水寺行く?」
どっちもお上りさんには捨てがたいよ、とクシャっと笑う衣織が服の袖を引いたから心のファインダーがオートフォーカスしてしまって、衣織から目が離せない。と、恥ずかしそうにごめんと謝られてしまってなんの事かわからなかったが、袖を掴んだことを言っているのだと気づくと自分から衣織の手首を掴んでしまった。
「朝が早かったからな、茶でも飲みに行くぞ。」
庭の中腹にあるレトロな洋館に向けてそのままズンズンと歩いていく。顔が熱くて喉が乾くから、ちょっとでもそれが癒えるといい。
「ちょ、ちょ、だめだよお兄さん!この建物は!」
「なんだよ、喉が乾いたんだよ俺は。」
「だったら祇園の辻利のパフェ行こ?ここは男同士で入るのは、」
「大丈夫。予約したから。」
はあ!?という声を玄関に置いて2人は中に入ってしまった。
しん、とした洋館の中はピシりと折目正しい燕尾服を着た男性と女性が45度に頭を下げて2人を迎えていた。
「いらっしゃいませ、西園寺翔月様。園崎衣織様。こちらの席にお座り下さい。」
長い足を持て余すように高級な脚席に座った自分の見様見真似で向かいの席に着く衣織が可愛らしくて堪らない。メニューは多くなく、勝手にアフタヌーンティーのセットを二つ注文してしまって下がらせてしまうと、屋敷に入って初めて衣織が深く呼吸をした。想像していたよりも余程緊張させてしまっていたらしい。
「お、に、い、さ、ん〜!!」
「高校生には敷居が高いもんな〜。大丈夫大丈夫、奢っちゃるから。」
「そうじゃなくて!ここ!女の子が入るところでしょ!」
「いや、おばさんも入るし、デートでも使うでしょ?」
現に潤は何度もここを予約するように女から言われたことがある。
「おばさんに轢かれてしまえ!っていうか俺らのはデートじゃないでしょ!」
「え、デートじゃないの!?」
「デートなの!?」
あまりに必死な顔でいうものだから、思わず吹き出してしまう。揶揄ったね!?俺まだデートもしたことないのに!なんてこの年の子が知っているのも珍しい名台詞に被せて言ってくるものだから、今度こそ腹を抱えて笑ってしまって、高い天井にわんわんと声が響いた。
「こちら本日のデセールでございます。」
「ありがとう、後は適当にやるから追加で呼ぶときだけ来て。」
「かしこまりました。」
再び高価そうな調度品に囲まれた部屋に潤と衣織の2人だけになると、紅茶を少し高さをつけて持ち上げたカップに叩き落とし空気を含ませると衣織に渡した。
「・・・美味しい。」
「そう、それはよかった。ここのは茶葉がいいからね。砂糖やミルクで誤魔化さなくっても十分美味しいんだ。」
にっこり笑うと自分の分の紅茶も淹れる。
「こっちのティースタンド全部衣織のだから、誰も見ていないし好きな順番で食べればいいよ。」
「これはホイップクリーム?何に付けるの?」
衣織が指すのはクロテッドクリームのことだろう。スコーンに付けるのだが、ジャムを一緒に乗せてもいいと目の前で実演して見せると大きめにちぎり取ったカケラにたっぷりと乗せて口に放り込んだ。
喜色満面というのは、このことだろう。
顔面が幸せを物語っている。
「衣織、口、付いてる。」
やはり大きかったのか、口の周りにお弁当がついてしまっている。
「どこ?右?左??」
「左。あー、ストップ動くな。」
頬に長い手を伸ばしてするりと撫でれば食べかすはナプキンに落ちた。
「うまいのは伝わってきたけど、ガキかよ。」
ついでのようにおでこをぺチリと突くと衣織は先程スコーンを食べていた時よりも幸せそうな顔でヘラりと笑ってこちらのハートを撃ち抜きにかかってきた。
「俺、今まで紅茶って甘いのしか飲んだことなかったけど、こういうの、ストレート?っていうのも美味しいし、スコーンに茶葉が練り込んであるのも初めて食べたけどすっごく美味しいんだね!」
家でも作れるかなぁなんていう衣織に、スコーンてのは適当に作れば作るほど美味いらしいからいけるんじゃね、という謎の知識を披露しながら突然起こった不整脈を乗り越えようとしていた。表情筋を常日頃から鍛えておいて本当に良かったと、俳優の身の上に初めて感謝した。
ケーキ、冷菓も食べるうちにだんだんと脈も整い、紅茶も最後の一杯の頃には衣織との掛け合いもリズムを取り戻していたが、味なんてものは覚えていなかった。ただ、覚えていなかったのに、今まで来たどの時より美味しいと感じた。
衣織が手洗いに行く間に会計を済ませたが、目についた茶葉を一缶購入しておいた。衣織が焼くスコーンのために。
□
「清水の舞台がブルーシートっていうのはなかなかシュールだった。」
「だからごめんって!まさか改修中なんて俺も知らなかったんだよ!」
転んだら数年中に死ぬなんて物騒な名前のついた坂をそこそこに体力を使って上り、ようやくお目当ての清水寺、と見上げたらそこにはブルーシートがかかっていて行くことは叶わず、景観も宜しいとは言えなかったため颯爽と帰ってきた。
「もう。あ、スタバ奢ったげる!だから許して!」
「しゃあねぇな。祇園まで戻るか?」
「そこまで行かなくてもここにあるからここの行こうよ。」
そう言って衣織が坂の途中で開けたのは、衣織が管理している町屋とさして変わらない茶色い建物だった。
「え、これスタバ?」
「だよ。」
狭いカウンターで注文をすると、また街中で見たのとは違う灯りの下で商品を受け取って、窮屈な階段を抜けると割と広めの二階の空間が広がっていた。
「…なんなんだ。京都ではスタバは隠れ忍ぶところなのか?隠れキリシタンか?」
「ははは、確か京都はコーヒー消費量一位らしいから、スタバとかは隠れてるんかね。」
「いや、絶対違うだろ。」
ズゴゴゴゴとフラペチーノを啜って窓の外の石畳に視線を流して愛らしい表情を意識の外にする。だんだんとこの仕草にも慣れてきた。
「次どうしようか。そろそろ嵐山行こうか。船乗るにしても結構ギリかも。」
「だめならまた明日行けばいいだろ。」
飲み切った透明な容器を衣織のもまとめて返却コーナーへ持っていく。
「うふふ、そうだね、お兄さんずっと暇なんだもんね。」
「笑ってんじゃねぇぞバーカ!」
頭をワシワシとくすぐると楽しそうな笑い声が反響した。こんな時間がいつまでも続くなら、まぁ、このまま全て放り出して京都に住むのも悪くないなと考えていた。
□
晩御飯と明日の朝食の買い物をして今日は家に帰ることにした。
時間や場所的に映画に行こうという話も出たが、ちょうど自分の主演する映画のビラが撒かれ始まる頃かと思い至り却下し、代わりに晩御飯はちょっと凝ったものを作るという話になった。
わいわいと話は尽きず、あっという間に家の前に来てしまい、衣織が鍵を開けている間荷物を持っていると後ろから何かが飛んでくる気配があり、咄嗟に衣織を背に庇った。が、コツンと当たったのは小さな小石で潤を傷つけることはなかった。しかし、潤は手に持っていた荷物を全て取り落としてしまった。
「翔月…。」
「おやおや、京都で石を投げるとお坊さんに当たるとは聞いたけど、坊さんの役が投げると潤に当たるんだね。勉強になった。」
「なんでここがわかった。」
「潤、一瞬だけだけどここでGPS使っただろ?前に君がスマホを失くした時に探した時の履歴を追わせてもらった。まあ、確信は無かったから、誰にも言ってないし来たのは私1人だよ。」
「…よ。」
「潤?」
「呼ぶなよ!俺は、」
「お兄さん。」
「衣織、これは、」
衣織にバレてしまった。衣織にバレてしまった。衣織にバレてしまった。
頭に浮かぶのはそれだけで、どうにもならないことをどうにかしようとする自分自身が滑稽で冷笑すら浮かべる自分が乖離しているような気さえした。
なのに何故だ。衣織、なんでお前は笑っている?
「知ってたよ。あんたは西園寺翔月じゃない、神宮寺潤でしょ?」
俺、現役のDKなんだぜ?流石にテレビ見なくても顔と名前くらい友達から見せてもらった雑誌とかで知ってたよ。
「タイムオーバーだ。楽しかったよ、潤さん。」
あんたは元の場所に帰らなきゃならない人だ。
「でも、衣織、俺はもう、」
「確かに潤さんはやるべき事はやってたのかもしれない。でも、それ以外は?」
ぐしゃりとひしゃげてしまったスーパーのレジ袋をよいせっと声をあげて衣織が拾い上げた。
「きちんと他の人のこと、その立場で見てあげてた?」
「例えば、今潤さんが睨んでたKAKERUさんのことは?迎えにきてくれたんだよ?勝手に消えた潤さんのことを。」
ぐうの音も出ない。自分がいかにとんでもないことをしてしまったのかはわかっているつもりだ。だからこそ、この業界から去ろうと思ったのだ。そんなやつの居場所だけリークするんじゃなく迎えに行くなんて自分だって危なくなる。
「潤さんが言ってた面倒な同僚ってのは、女優さんかもしれないけど、もしかしたら苦しい恋をしていたのかもしれないね。周りが見えなくなるほどの。その気持ち、想像できる?」
飛び出してきた今ならわかる。今の俺には衣織に恋した気持ちがあるから、理解できる。
「嫌な上司、って多分監督さんだよね。その監督さんの気持ちは?本当にそんなまずい仕事、使おうと思っていたのかな?」
冷静になれば、これまでのシリーズも纏めてきた若くとも才覚ある大監督だ。そんな凡ミスをするはずないし、翔月との3人のシーンも残っていたから、どこかで撮り直すことを決めていたのかもしれない。俺は、そんな簡単なことも見えていなかった。衣織に呆れられて当然だ。
体の力が抜けて、膝をつく。
「でもね、頑張ったら帰ってきてもいいんだよ。」
膝をついたせいで元々あった20センチの身長差がマイナスになる。俯いた顔を両手で掬われる。
「その時はまたおいで。」
にこりと笑ってそれだけいい置くと、ちょうど来たバスに乗って、衣織はさよならも言わずに消えてしまった。
「スマホも持ってねぇくせに…」
見えなくなったバスの影に、永遠が横たわっている気がした。
□
「申し訳ありませんでした!」
即日現場に戻ってしたことは、監督はじめ全員に頭を下げて回ることだった。
もちろん、件の女優にも、翔月にも。
その上で、あの画では視聴者に申し訳が立たないから本気を出してくれと頼み込んだ。
「俺自身視聴率に胡座を掻いていたのだと思います。ある程度があれば何を見せたっていいんだと。このシリーズが始まった当初のようなプロ意識がなくなっていた。だから中途半端な役者が入ってきてもまともな注意もできなくなっていた。」
このシーズンを、1番面白いものにしたいんです。ともう一度頭を下げた。一路撮影は続行され、本気を出した監督の熱望により、潤がばっくれる直前に撮っていたシーンを撮り直すことになったが、「中途半端」呼ばわりされた女優は「私をここまでコケにしたこと、後悔させてあげる!」と睨みつけてきた。だがカメラが回ると3歩下がって影を踏まない大和撫子を演じきり、翔月に「きっといい女優になるよ、彼女。」を称賛を浴びていた。
□
半年後。
あれから1日たりとも休みなく働いた神宮寺潤は、
「管理人兼ねて休みの間だけ住まわせてもらっているんだよね。」
と衣織が言っていた家の地図の履歴を再び開き、市バスに乗った。
京都駅から一回乗り換えて、公園を横切った先にある京町屋。
深呼吸をしてインターホンを鳴らす。
世間は夏休みだ。きっとピンク頭が出てくるはず。その時僕は、君に…
「はーい、うぇるかむとぅじゃぱーん!って、潤さん?」
その声でまた呼ばれたかった。
その声でずっと僕の名前を呼んで欲しかった。
「ただいま、衣織。」
「おかえり、潤さん。」
□□□
衣織、なんで英語で玄関開けたの?
今ここ町屋ホテルになってるから、外国人のお客さんが主になっているんだよ。それで。
まじで!?ホテル取ってないよ!!
泊まってく?
衣織❤️




