後編
宇宙空間に漂う、無数の鉄くずと化した海賊船の残骸。
たった数分前まで俺たちを包囲していた銀河金融組合の艦隊は、今や見る影もなかった。
「ご主人様、燃えるゴミの処理が完了いたしました。まだ少し焦げ臭いですが、すぐ換気いたしますわ」
アイリスがスカートの裾をつまんで優雅にお辞儀をする。
ブラックホールで空間ごと丸呑みにしておいて、燃えるゴミ扱いとは恐れ入る。
「……なあ、これ、さすがにやりすぎじゃないか? 俺たち、完全に銀河の指名手配犯だろ」
俺は震える手で頭を抱えながら、メインモニターを見つめた。
すると、通信機からノイズ混じりの音声が飛び込んできた。
『ひっ、ひぃぃぃっ! た、助けてくれぇぇぇっ!』
モニターに映し出されたのは、エルルのスパナ投擲でエンジンを粉砕され、航行不能になった敵の旗艦のブリッジだった。
さっきまでふんぞり返っていた借金取りのボスが、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして土下座している。
『お、俺が悪かった! 頼む、命だけは助けてくれ! あ、あの化け物メイドに真っ黒い球を投げさせないでくれ!』
「ほら見ろ! 極悪非道な宇宙海賊が完全にトラウマ植え付けられて泣いてるぞ! どう落とし前つけるんだ!」
俺が後ろを振り返って怒鳴ると、ステラが不思議そうに小首を傾げた。
「え? でもアレン、あの悪いおじさん、もうアレンをいじめないって言ってるよ? 良かったね!」
「お前のデコピンと空間殴りのせいだよ! 俺まで化け物の親玉みたいに思われてるじゃないか!」
とはいえ、これはまたとないチャンスだった。
俺は咳払いをして、できるだけ凄みのある声を作ってマイクに向かった。
「コホン。……わかったか。俺を怒らせるとどうなるか。命が惜しければ、俺の借金一千万クレジット、今すぐチャラにしろ!」
『す、する! します! 今すぐ電子借用書を破棄しますぅぅっ! だからあの白衣の女にスパナを持たせるのやめてぇぇぇ!』
ピコンッ、と軽快な電子音がブリッジに鳴り響く。
俺の携帯端末に『債務完了(残高ゼロ)』の通知が届いた瞬間だった。
「やった……! やったぞ! ついに借金生活から解放された! 俺は自由だァァァッ!」
俺は歓喜のあまり、その場に崩れ落ちてガッツポーズをした。
三年間、来る日も来る日も安い運び屋の仕事で小銭を稼いできた苦労が、ついに報われたのだ。
「ふははは、アレンが喜んでおる! やはり私の筋肉の威圧感が借金取りの心を折ったのだな!」
エルルが自慢の上腕二頭筋を叩きながら高笑いしているが、今なら許せる。
終わり良ければすべて良しだ。さあ、安全な星系に移動して祝杯をあげよう。
「へへっ、船長! 最高にテンション上がってるところ悪いんだが、報告があるぜ!」
エンジンルームから、ザックがすすだらけの顔を出した。
手には、何やら長々と数字が羅列された電子パッドが握られている。
「なんだザック! 今は気分がいいんだ、多少のトラブルなら許してやるぞ!」
「いやぁ、さっき俺がぶっ放した予備エンジンの代金と、ブラックホールに引っ張られて歪んだ装甲板の修理代。それに、エルルがエアロックを急に開けたせいで壊れた生命維持装置の交換費用なんだけどよ」
ザックはニヤニヤしながら、電子パッドを俺の目の前に突きつけた。
「全部合わせて、ざっと五千万クレジットの赤字だぜ! すっからかんだな! ヒャッハー!」
「……………………は?」
俺の歓喜の笑顔は、完全に凍りついた。
五千万。五千万クレジットだと? さっきチャラになった借金の一千万の、五倍じゃないか。
「ふざけるなァァァァァッ! お前らが好き勝手暴れたせいで、借金が五倍に増えてるじゃねえか!!」
「おやおや、ご主人様。落ち込むことはありませんわ。また私が危険な裏の仕事をたくさん受注してまいりますから」
「お前の仕事は絶対にもっとやべえ奴らに狙われるやつだろ! 断固拒否する!」
「アレン、大丈夫だよ! お金がないなら、私が隣の星の王様を脅して巻き上げてこようか?」
「それはただの強盗だ! 俺を銀河級の犯罪者にする気か!」
再び絶望のどん底に叩き落とされた俺は、頭を抱えて床を転げ回った。
俺の平穏な宇宙ライフは、いったいいつになったら訪れるのだろうか。
『ゲップ』
足元で、愛猫のノワールが小さなゲップをした。
その口から、海賊船の装甲の破片がポロリとこぼれ落ちたのを、涙で視界がぼやけていた俺は最後まで気づかなかった。
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連載化は迷っています!!




