中編
視界が純白に染まり、俺は思わずギュッと目を閉じた。
直後、鼓膜を揺らす轟音と、船全体を軋ませる凄まじい衝撃が走る。
終わった。俺の短い運び屋人生、ついにここで幕を閉じるのか。
「ヒャーハッハッハ! たまんねえぜ、この爆圧! 最高傑作だ!」
だが、聞こえてきたのは天使の迎えの歌ではなく、ザックの狂気に満ちた大爆笑だった。
恐る恐る薄目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
メインモニターの向こう側で、敵の宇宙海賊船が三隻、文字通り木っ端微塵に吹き飛んで巨大な火球を生み出していたのだ。
「な、何が起きた!? 敵のプラズマ砲はどうなったんだ!?」
「おう船長! 俺が付けた自爆スイッチはな、ただ爆発するんじゃねえ! 船の『予備エンジン』を切り離して、敵艦のど真ん中に特攻させるミサイル仕様なんだよ!」
「俺の! 高かった予備エンジンがああああ!!」
俺は頭を抱えて絶叫した。
借金を返すために買った商売道具が、ド派手な花火となって宇宙の塵と化している。
ザックの奴、いつの間にそんな魔改造を施していたんだ。
『ば、馬鹿な!? たかが民間船が一撃で我が方の船を三隻も!? ええい、構わん! 全艦、一斉射撃で蜂の巣にしてやれ!』
通信機から、完全にパニックに陥った借金取りのボスの怒声が響く。
残る十七隻の海賊船から、無数のミサイルとレーザーが雨霰と降り注いできた。
「アレン、危ない! ここは私が守るから!」
俺の前にスッと立ち塞がったのは、ステラだった。
彼女は強化ガラス張りのフロントウィンドウに歩み寄ると、大きく息を吸い込み、華奢な右拳を握りしめた。
「はあああああっ!!」
気合いの入った声と共に、ステラが何もない空間に向かって拳を突き出す。
ズガガガガガンッ!!
何かが砕け散るような異音と共に、船の周囲の空間そのものがグニャリと歪んだ。
ステラの拳から放たれた不可視の衝撃波が、宇宙空間を物理的に殴り飛ばしたのだ。
襲い来る無数のミサイルとレーザー群は、その理不尽な衝撃波の壁に衝突し、まるでガラスにぶつかった水滴のように弾け飛び、あろうことか海賊船の方角へと跳ね返っていった。
「物理法則どうなってんだよ! お前の拳は空間の概念を超えてるのか!」
「えへへ、アレンのためなら空間だって割ってみせるよ! 私、かっこよかった?」
「かっこいいとかそういう次元の話じゃない! ほら見ろ、跳ね返ったレーザーで敵の船がまた五隻沈んだぞ!」
『ひぃぃっ!? ば、バリア弾きだと!? あの船にはどんな最新鋭の防御フィールドが積まれているんだ!?』
海賊たちが恐怖の悲鳴を上げている。
違う、防御フィールドじゃない。ただの家出娘の素振りだ。誰かあいつらに真実を教えてやってくれ。
「ご主人様、少々お見苦しいものが散らかっておりますわね」
ステラの規格外の力に呆然としている俺の横で、アイリスが静かに口を開いた。
彼女の右手には、ビー玉ほどの大きさの、漆黒の球体が浮かんでいる。
光すら吸い込むような、絶対的な虚無。
「今、チリトリでサッと集めてしまいますわ。少々風が強くなりますので、おつかまりくださいませ」
「待てアイリス! お前が言うチリトリって、絶対に家庭用のアレじゃないよな!?」
俺の制止を無視して、アイリスはブリッジのダストシュート(生ゴミを捨てる小さな窓)を開け、その漆黒の球体を宇宙空間へポイッと放り投げた。
「マイクロ・ブラックホール、起動いたしますわ」
瞬間、宇宙空間に渦巻く重力の嵐が発生した。
ビー玉サイズだった黒い球体は一気に膨張し、周囲のあらゆるものを無慈悲に吸い込み始めたのだ。
『な、なんだあの黒い渦は!? 船が、船が引っ張られるゥゥゥ!?』
『エンジン最大出力! 振り切れ! だ、駄目だ、装甲がひしゃげて……ぎゃあああああ!!』
悲鳴を上げる間もなく、残っていた海賊船が次々とスパゲッティのように引き伸ばされ、真っ黒な渦の中へと消えていく。
「お前ら本当にやりすぎだ! これじゃ借金の話し合いどころか、目撃者全滅の大虐殺じゃないか!」
俺は必死に操縦席のシートベルトにしがみつきながら叫んだ。
流星号も凄まじい引力に引っ張られ、船体がメキメキと嫌な音を立てている。
「ふはははは! 見ろアレン、敵はすっかり腰を抜かしておるわ! だが、最後に残ったあのデカい船は逃がさんぞ!」
エルルが白衣を翻し、モニターを指差した。
ブラックホールの引力圏からギリギリ逃れた、借金取りのボスの乗る巨大な旗艦が、尻尾を巻いて全速力で逃走を図っていたのだ。
「逃がしてやれよ! もう十分だろ!」
「駄目だ! 私の筋肉が『追え』と囁いている! アレン、今すぐ船の推進器にこの特製マッスル・プロテインを注入してくるのだ!」
「船のエンジンにプロテインを入れて走るわけないだろ! お前の頭は筋肉でできてるのか!」
「ええい、もどかしい! ならば私が直接ぶち込んでやる!」
エルルは持っていた謎の注射器を放り捨てると、おもむろにブリッジの隅に置いてあった鋼鉄製の巨大なスパナを掴み上げた。
「私の鍛え抜かれた上腕二頭筋の力、とくと見よ! チェストォォォォォ!!」
エルルが気合いと共にスパナを振りかぶった瞬間、彼女の細腕から信じられないほどの筋肉の隆起が見えた気がした。
彼女はそのまま、一切の躊躇なく、エアロックのハッチを開け放った。
「馬鹿野郎、宇宙空間でドアを開けるなァァァッ!!」
俺の悲鳴と同時に、猛烈な勢いでブリッジの空気が外へ吸い出される。
息ができない。気圧の変化で鼓膜が破れそうだ。
しかしエルルは宇宙空間の真空など一切意に介さず、身を乗り出してスパナを全力で投擲した。
ズドォォォォォンッ!!
エルルの放ったスパナは、もはや質量兵器と化していた。
光の速さに肉薄する勢いで飛んでいったそれは、逃げる海賊艦の強固なエネルギーシールドを紙切れのように貫通し、メインエンジンを真っ二つに叩き割った。
大爆発を起こし、完全に沈黙する敵の旗艦。
「ふぅ……良い汗をかいたな。やはり筋肉はすべてを解決するのだ」
エルルが満足げに頷き、プシューッとエアロックのハッチを閉める。
艦内に再び酸素が充満し、俺は床に崩れ落ちて激しくむせた。
「ゲホッ、ゴホッ……お前ら、本当に、加減ってものを……」
俺が床で息も絶え絶えになっていると、足元でノワールが「ニャー」と短く鳴いた。
俺は見ていなかったが、実はさっきの混乱に乗じて、敵の最後の一発である対艦ミサイルが流星号の死角に迫っていたらしい。
ノワールはそれを口を大きく開けてペロリと丸呑みし、満足そうにヒゲを撫でていた。
「ノワール……お前だけだよ、俺の癒しは……」
俺は何も知らずに、少しお腹が膨れた黒猫を抱き寄せ、その柔らかい毛並みに顔を埋めた。
こうして、銀河金融組合による恐怖の取り立ては、俺たちのヤバすぎる乗組員たちの手によって、わずか三分で壊滅させられたのだった。




