第2章ー3
カイのマントに隠れて大泣きした翌日。
「あー、恥ずかしい……自分が処理しきれてない感情で人様に八つ当たりした上に、人前……じゃないや、人の後ろで号泣してしまった」
リリアには自分の過去を勝手に重ね合わせて偉そうに説教をした上、彼女の気持ちを否定した。そして不審者だと自分を警戒している人に庇われて屋外で号泣……。
(穴があったら入りたいってこういうことか……)
ユイカが後悔を背負ってとぼとぼと廊下を歩いていると、ドンっ……と、後ろから急に衝撃がきた。
「!?」
何が起こったのか分からず、視線を下に向けると、後ろから誰かの手を回され、腰辺りを拘束されている。
「誰!?」
驚いて首を無理矢理後ろにひねると、ピンクブロンドの髪がふわふわと視界に入ってきた。
「リリア様?」
昨日、感情的に一方的に叱咤してしまった、この国待望の聖女様がユイカにバックハグをしていた。ユイカには状況が把握できない。
(え……聖女様にも不敬罪とか適用されるんだっけ? あたし犯罪者!?)
パニックになるユイカをよそに、リリアは春の花がほころび開くような満面の笑みで首を傾げる。
「はい、私です! あのですね……あの後、少し考えてみたんですが……」
「申し訳ありませんでした!!」
リリアの言葉を遮って、ユイカは身体の向きを変えてリリアから数歩下がってから、深く深く頭を下げた。土下座の一歩手前の謝罪である。
「え?」
「困っているリリア様の気持ちを慮ることなく自分の意見だけを押し付けてしまいました。本当にごめんなさ……」
今度はリリアがユイカの言葉を遮り、頭を下げているユイカの両手を彼女のそれでしっかりと包み込んだ。
「謝らないでください。私、目が覚めたんです。ユイカお姉さまの仰る通りだって!」
ユイカの手を握りしめながら、リリアは潤んだ大きな瞳で下から見上げてくる。
(お姉……さま……!? ってか、さすがのヒロイン力だわ……)
リリアは、とんでもなく、凶悪なほどに可愛かった。思わず萌えそうになるのを、ユイカは理性で押し留めた。
「私、自分で自分を可哀相なヒロインみたいに思い込んでいたことに気づいたんです! 聖女様って言われて驕り高ぶっていたことも。自分が困ったら誰かが助けてくれるが当然って甘えてました」
「え……えっ?」
「だから私、教会に行って、今までのこと懺悔したんです。そしたら、今まで何でもはいはいって私の言うことを黙って聞いてくれていた教会の人たちが、『聖女様の目を覚まさせてくださった!!』って、ユイカお姉さまに感謝し始めまして」
「ん?」
ちょっと待て。話の流れがおかしくなってきた、とユイカは我に返った。
そんなユイカの様子に気が付かないリリアは鼻息荒く、茫然としているモブCをキラキラした瞳で見つめたまま、大声で話し続ける。
「だって、私、昨日いきなり神力が一段階上がってたんですよ! 今までどんなに教会の人たちと特訓しても全く上がらなかったのに!!!」
リリアの薄紅色の瞳はユイカの地味顔を捉えて離さない。瞳孔が開ききって正直怖くもある。さっきまではただただ可愛かっただけなのに。
「この力で祈れば、今年の農作物の収穫量が上がるだろうって。司教様が踊っちゃうくらい喜んでいて、恐らくもうすぐ教会からお礼の品が届くと思います」
「は? 要りませんけどっ!?」
「『聖女の御力を解放してくださった女神だ! お礼を!!』と」
「はい? め……が……?」
「えぇ、教会の中でお姉さまは『女神様』として崇め奉られています」
「昨日の今日で!?」
「はい! あ、それと……これも言っておいてと頼まれてたんでした! 教会からのお礼の品は恐らく寮のお姉さまのお部屋には入りきらないでしょうから、ご実家にもいろいろ届くと思いますよって」
「……」
ユイカはこれ以上考えることをやめた。魂の抜けたユイカの隣で、リリアは『これからもよろしくお願いしますね』と美少女スマイルを振りまいて再度ユイカに抱き着くのだった。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
その日からユイカの生活は一変した。
どこに行っても女神様と言われ、視線を浴びる。学園の図書館にも行けなくなってしまった。
王太子殿下も更にしょっちゅうユイカに声を掛けてくるため、路傍のピエロ化計画も破綻した。もうこの状況は路傍ではない。片側四車線の幹線道路のど真ん中に立ち、電飾を全身につけてスピーカーで大音量音楽を流しているようなものである。
だから、教会の大司教様がわざわざユイカを訪ねてきてくださった日、ユイカは土下座しながら切に願い倒した。頼むから、そっとしておいてくれ、と。
教会の威信にかけて礼をしなければならないのであれば、女神とやらを排出した実家だけにお願いします、と。女神はもてはやされると効力を失う設定にしてくれ、とも。
大司教はユイカが喜ぶと思っての行動だったらしく、ひどく落胆していたが、今後も女神として聖女リリアの話し相手になることだけは固く約束させられ、何とかユイカの願いを聞き届けてくれることとなった。
ということで、ユイカの周辺が落ち着くまでに、約三カ月を要したが、今は何とか自室から教室までまっすぐに人にぶつからずに進めるようになっていた。
(これでやっと……)
ユイカは至極真面目な顔で職員室に向かう。『王宮職員就職ガイドブック』を胸に。
いろいろ起こり過ぎて記憶の彼方に飛んでしまいそうになっていたが、どうしても確認しておかねばならないことがあった。
「先生、私、何とかして絶対にどうしても王宮図書館職員になりたいのですが、まず王宮職員となってから各施設等に振り分けられると、この本に書いてありました。個人的な希望って絶対に何があっても通らないのですか!? そして別ルートで確実に王宮図書館に就職する伝手を先生、密かにお持ちではありませんか?」
「あ、あぁ、その件ね……」
何故かユイカの担任は身を引き気味にして、しかも額に汗をダラダラかいている。どうしたのだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってね……」
そう言ってかなりユイカを待たせてから戻ってきた時には、何故か王太子殿下が担任を従えていた。
(な、なんで……?)
「王宮職員のことなら、私が一番詳しいと思うよ? なんせ実家だし」
王太子殿下はキラキラした微笑みで首を傾げた。フレンドリーすぎて恐ろしくなったユイカは一歩後ずさり、殿下の後ろで存在感を消している担任を覗き込みながら言ってみる。
「そ、そうなのですか? しかしわざわざ殿下のお手を煩わせるわけには……ねぇ、先生……」
「ふぉ、フォルンシュタイン嬢、貴女は私なんかよりも殿下のお力を借りるべきだっ! ねっ!? そうですよね!?」
圧がすごい。担任にいきなり話を振られた周りの教師たちもユイカには目を合わさないままコクコクと必死に頷いている。
ユイカも気圧されるがままに頷くしかない。
王太子殿下は一歩ユイカの方に近づき笑顔のまま口を開いた。
「今は十月。王宮職員採用試験は他の就職試験よりも申し込み時期が早いのは知ってるよね?」
人気職である上に身辺調査なんかも入るため、王宮職員の就職試験は十月半ばには書類受付が締め切られるのである。他の職は年明けからでも良いくらいなのに。
だからこそ、ユイカは今日担任に確認しに来たのだ。女神騒動で周りが騒がしい間、やたら教会関係者に教会への就職を推されまくり、休憩時間も自身の周りに人垣ができる状態だったユイカは、職員室に行きたいのに、とずいぶんやきもきしたものだ。
授業終わりの教師や寮職員、事務員などに話しかけようと、かなりの努力もした。がしかし、全て人垣に阻まれたのである。あまりの状況に学園側がユイカに大貴族専用の部屋を準備してくれたくらいである。つまり自室で授業以外の全ての生活を賄えるようになっていた。
という状況下で三カ月、どうにもこうにも動くことができなかったからこそ、今こんなに焦っているのだ。なぜに教師陣までもがこんなに焦っているのかは分からないけれども。
そんなユイカに王太子殿下は優しい声色で言った。
「確かに王宮職員試験に合格した上でそれぞれの職に振り分けられる仕組みになっている。個人的な希望は叶えられない。しかし、君と私の希望をきちんと伝える伝手が私にはある。私は君が社会の歯車の一部となりながら働けるよう応援したいと思っているからね」
悪戯っぽい笑みで、王太子殿下は片目を閉じてフフッと笑った。ユイカもつられて笑ってしまう。数カ月前、ユイカが焦って必死で並べた口上の中でそんな話をした記憶がよみがえった。
「ふふ、私が以前言ったこと、覚えていてくださったんですね。でも、いいんですか? 通常では受験者の希望は考慮されないって……」
「その通り。受験者の希望は考慮されないけれど、振り分ける側の希望は考慮されるからね。これでも私だって雇い主のひとりだ。私の希望は考慮されるよ。ずるくもなんともないさ」
優しい王太子殿下の微笑みにホッと息を吐いたユイカの前に、アルベルトは一枚の用紙を取り出した。
「せっかくだから、今応募用紙と宣誓書を書いておこうか。私がそのまま出しておいてあげるよ。何せもう時間がないからね」
きょとん、とするユイカにやっと担任が会話に入ってきた。
「あのね、フォルンシュタイン嬢、これは学園からの推薦という形を取らせてもらう」
「え!?」
「君は優秀な生徒だ。推薦枠を使うのも当然の話さ」
確かにこの三カ月、やることがなくて勉強しかできなかったことと、脳内に大人の自分がいるためか、成績はぐんと跳ね上がっていた。
「なるほど……」
「でね、学園からの推薦だから、試験に通りやすいけれど、受かったら辞退できないんだよ……」
「ま、そりゃ、そうですよね」
前世でもそういうシステムであったことを思い出しながら、ユイカは頷く。
「心配ないよ、フォルンシュタイン嬢、君の希望を私は知っている。安心してほしい」
王太子殿下の言葉に、ユイカは図書館勤務の定時退勤生活を思い浮かべる。
(殿下はあたしが図書館勤務希望ってご存じだもんね……それなら)
「……分かりました」
そう言ってユイカは宣誓書の自署部分に自分の名前を書き添えた。 地獄への片道切符とも知らずに。その用紙を手にした王太子殿下の口の端が怪しく上がったことにも気づかずに。
次回(1/26)19時、エグランティーヌとその取り巻き再々戦!!




