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第1章ー6




(さすがに……もういないよね)


 二時間続いた魔術の授業が終わり、ユイカは廊下の壁に張り付いて辺りを警戒しながら教室に戻っていた。本日の授業はこれで終わりである。


 色々あったが、今世での目標『定時で帰る』を今日も目指さなくてはならない。そして何よりユイカはとんでもなく空腹であった。


(エグランティーヌ様の冷気も感じないし、とりあえず今日のところは大丈夫かな? さて、何を食べよっかなぁ~)


 安心しながら教室に戻り、鞄に荷物を入れて颯爽と後ろのドアから出たその瞬間。


「ユイカ様? お戻りになるのをお待ちしておりましてよ」


 冷ややかでいて、高圧的でいて、かなりの怒りを孕んだような声色が背後からユイカを呼び止めた。


「ひぃっ!?」


 いつ現れるかと怯えていた相手が現れず、安心して油断しきったところで登場とか、完璧にホラー映画のやり口である。ユイカは本気で5センチは飛び跳ねた。


「エグランティーヌ様、ご、ごきげんよう?」


 努めて笑顔を向けるが、エグランティーヌの目は笑っていなかった。


「エグランティーヌ様が、ユイカ様をお茶会に招待したいと言ってくださっているの。まさか断ったりしませんわよね?」


 公爵家令嬢の隣に控えていたクロエが口の端を上げて言う。


(え~。息の詰まるお茶会よりも、カフェかどっかに何か食べに行きたいんですけど……)


 昨日までのユイカであれば、初めてのお茶会への誘いに飛び上がって喜んだに違いなかった。


 いつも、エグランティーヌは取り巻きABとだけお茶を楽しんでは、その時の様子を逐一ユイカに楽し気に教えてくれていたものだ。


 いつも悔しくて、寂しい想いをしていたユイカだったが、今日の彼女は違う。


「お断りします」


「ユイカ様っ!?」


 サラが口元に手を当てて驚いたようにユイカの名を呼んだ。顔が青ざめている。その様子を見て、ユイカは少しだけ胸が痛んだ。


(取り巻きグループからあたしが抜けたら、確実に次はサラ様が八つ当たり対象だもんね)


 クロエは頭の回転が速く、立ち回りがうまい。一方サラはおっとりとしたお上品なお嬢様だ。ただ流されるようにしてこの四人でいただけなのだろう。


 家格はクロエよりもサラの方が上だが、エグランティーヌがおだて上手のクロエを気に入っている以上、サラがクロエの上に立つことはできまい。


 それに、エグランティーヌのお気に入り、ということを除いても、穏やかな彼女の性格からしてクロエに強く接することもきっとできないだろう。


(あたし一人が勝手に取り巻きグループから抜けるのは良いとしても……)


 不安そうなサラを見て見ぬふりをして定時で帰ったとしても、ユイカはきっと彼女のことが気になってしまう。休息をとり、まったり睡眠時間を確保したとしても本当の意味でのリラックスなどできないだろう。


(あたしの優雅なフリータイム確保のためだっ!!)


 空腹でぎゅるぎゅる鳴っているお腹をぐっと伸ばしてユイカはエグランティーヌを見た。


「お茶会ではなく、カフェテリアでお話しませんか?」


 この後、自室に戻ってドレスに着替えてエグランティーヌの部屋に行くよりはかなりの時間短縮になるだろう。


 そう考えたユイカなりの精一杯の妥協案だった。ついでに軽食を食べることができるなんて考えていることは秘密だけれども。


「……いいですわ。今度は逃げませんのね」


 口の端を上げて笑うエグランティーヌを真正面からユイカは見つめた。


「逃げません。そして今日限り、お付き合いはお互いに気持ち良く円満に終了させていただきたいと思っております」


 ユイカとエグランティーヌの視線がぶつかる。火花が散るようであった。



・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


「えっと……私はBLTサンドイッチとレモンスカッシュで」


 そう店員に言うユイカを、紅茶を注文した三人がぎょっとした顔で見つめた。


「すみません、いろいろありまして昼食を食べ損ねたもので」


 しれっと答えるユイカをエグランティーヌは昼間とは違う扇で指した。


「貴女ね……」


「あれ、エグランティーヌ様。スペアの扇を持っていらっしゃったのですか?」


「え? えぇ、いつ折ってしまうか分かりませんもの。淑女たる者、常に二本持ち歩くように心がけておりますのよ……ではなくてっ」


 自分のペースにうっかり乗せられてしまったことに動揺しているらしい公爵令嬢を見て、ユイカは笑った。


 正直なところ、かわいいなとも思った。本日は昨日に引き続いて本当に朝からイベントの密度が濃すぎて、脳疲労の極地にいたユイカは26歳の干乾びたOLの意識になってしまっていた。年下の少女たちかわいいなくらいの気持ちでさえあった。


 目の前で誰が口火を切るのか、三人が目で牽制し合っているのを見て思わず笑ってしまうほどに。


 ゲーム内の悪役令嬢とその取り巻きも、いつも刃にも毒にもならないような嫌味をヒロイン(リリア)に向かって言っているだけだったな、とも思い出したから。


(エグランティーヌ様はヒロインが王太子殿下とくっつくときだけの当て馬キャラだったもんね。他ルートでは王太子の正式な婚約者にがっつり収まっていたわけだし)


 ということは王太子妃になるだけの実力をお持ちということである。


 ならば、この世界のヒロインが王太子に興味がないようであれば、エグランティーヌとさっさとくっついてもらえば、ユイカの今世での平和、放課後のリラックスタイムが約束されるのではないだろうか。


(ヒロインさんがもし王太子に惚れているようなら、また代替案を考えよう、よし、そうしよう!)


 今後の方向性は決まった。ならば、さっさと終わらせるのみである。


 さて、とユイカが口火を切ると三人が同時にユイカを見た。


「本題に入りましょうか。そもそもの発端は、田舎の貧乏貴族の端くれである私が、勝手に殿下と知り合いになって距離を縮めているように見えたことが、エグランティーヌ様のお心を乱している、という解釈で合っていますか?」


「身も蓋もない言い方ですけれども、間違ってはいませんわ」


「良かったです。では、殿下と私の会話から、私が今朝、エグランティーヌ様、サラ様、クロエ様に申し上げた言い分は大体は間違っていないということはご理解いただけましたか?」


「昨夜のお相手が殿下だとは気づかなかったとはどーーーしても思えませんけれども、お互いに名乗らなかったみたいですし、殿下もそこに対しては貴女に何も仰いませんでしたからね。私がどうこう言うべき個所ではないことは理解しておりますわ」


 三人が頷くのを見て、ユイカも頷いた。


「では、これから私が申し上げることを、お三方ともよーくお聞きくださいね。まずはひとつ。今回の騒動は、貴族子女としてあるまじき一般常識からかけ離れた私の一連の行動が、殿下の興味を引いただけなのです。これは決して恋愛的な興味でなく、珍妙な生き物の生態を知りたいという純粋な生物学的興味からでございます」


 と一息に言ったところで、ユイカたちが注文した飲み物、食べ物が運ばれてきた。


「ここまで申し上げれば、エグランティーヌ様が次になさるべきことが見えてきたのではありませんか?」


 言いながらユイカは早速BLTサンドイッチにかぶりついた。


(空きっ腹に染み渡る~~~!!)


 トマトの酸味とレタスのみずみずしさとベーコンの塩気がパンに包まれてユイカの空っぽの胃を慰めてくれるようだった。


「は? さっぱり分かりませんわ」


 困惑するエグランティーヌにユイカは首を横に振った。


「三分さしあげまふから、じっくりお考えくださひ」


「貴女ががっつりサンドイッチを食べたいからじゃないのっ!?」


 一瞬公爵令嬢の皮がはがれそうになっていたがしかし、根が素直なエグランティーヌとサラは一生懸命ああでもない、こうでもないと考え始めた。クロエだけが、ユイカをじっと見つめている。


「なんでふか、見つめてもあげまへんよ」


 なんだか居心地が悪くてクロエの目線からBLTサンドイッチを外すように、ユイカは座る向きを少しだけ変えた。 


「要らないわよ。そんなことより、本当に何があったわけ? 貴女、昨日から別人なんだけど」


 ユイカは黙って咀嚼を続け、レモンスカッシュを一口飲んでからクロエに向き合った。


(やっぱりクロエ様は勘がいい。ならばあれこれ誤魔化しても余計に疑われるだけだろうから……)


「な、なによ」


 身構えるクロエに、ユイカは真面目に正直に全てを話してみることにした。


「昨日、急に眩暈がしまして、その際、苦労と疲労と失意と決意の中で死んでいった前世の記憶がよみがえりました。昨日からの私が劇的に変化したと仰るのであればそれは、もう同じてつを踏まないと覚悟した結果の変化でございましょう」


 馬鹿正直に全てを語ったが、クロエはそっぽを向いてしまった。


「あらそ、私には本当のことを話す気はない、ということね」


「ええー……決してそんなことは……」


 せっかくうまく説明できたのに結果ぐだぐだで終わってしまった。


「分かりましたわ!」


 そんなユイカたちの会話は耳に入っていなかったらしいエグランティーヌが、ぱちんと扇を鳴らした。


「私もユイカ様のような珍妙な動きをすればよい、ということかしら。……するわけないですけれど」


「エグランティーヌ様、いくらユイカ様であっても、王太子妃候補の貴女様にそんな失礼なことをさせるわけありませんわ」


 さすが深窓の令嬢たちである。言っていることがそこはかとなくおかしい上に何気にユイカに対して失礼である。


「落ち着いてください。私が殿下の前で行いましたのは『貴族子女としてあるまじき一般常識からかけ離れた行動』であって、珍妙な動きではありません」


 ごく真面目に言い合っている二人の令嬢に、クロエが呆れたように声をかける。


「ユイカ様は恐らく、殿下に付きまとう他の令嬢とは違うことをするとか、自分に与えられた役割を貫くことで、殿下の興味を引けるのでは、と仰っていますのよ」


 クロエが静かに紅茶のカップを持ち上げながら正解を言ってくれた。


「え? そういうことでしたの?」


 クロエはやれやれ、と言うかのように苦笑して見せた。


「殿下はユイカ様のことを自分と将来を共にする者としては見ていません。何せ珍妙な生き物に対する生物学的興味ですもの。だからこそ、エグランティーヌ様は殿下に自分が王太子妃としてふさわしい人物だと見ていただけるようにならなくてはならない、ということです」


 エグランティーヌはクロエの的確な説明に対してはっとしたように頷き、そうですわよね、と前向きに返事をしている。


 投げかけた質問に正直に考え、的外れとはいえ答えようとする姿は決して傲慢な悪役令嬢ではない。


 ただ、自分が王太子の婚約者候補だという自信と余裕がないせいなのだろう。ユイカはそう結論づけた。


 ならばやはり、ゲームの王太子以外のルートでそうなったように王太子殿下と末永くお幸せになればいい。ユイカは演説を続ける。


「王太子妃に立つということは、いずれ王妃となるということ。それは長い年月をかけて幼き頃より王太子妃教育を受けていらっしゃった方にしか出来ることではございません。その上で、殿下と心を通い合わせようと思われるのであれば、クロエ様が仰ったように殿下の興味を引くことが大事だと考えます。すでにエグランティーヌ様はお美しい外見に、かわいらしい内面をお持ちです」


 突然素直に褒められて、エグランティーヌは慌ててユイカから視線を反らしたものの、あおぐ扇の隙間から見える彼女の白い頬は少し紅潮している。


 クロエからのあざとい誉め言葉の時は鼻を高くして当然ですわ、と高笑いしていたけれど、想定外のユイカの心からの賛辞には本気で照れている様子だった。


(あ、いいこと思いついちゃった)


 ユイカは心の中でニヤリと笑う。エグランティーヌを正面から見据え、人差し指を立てた。


「世には『ギャップ萌え』という言葉がございまして、凛とした女性が一瞬見せるギャップ、つまり『しっかり者』とは逆のかわいらしさ、儚げな弱さにクラっとくる男性陣が一定数以上いると伝え聞いております」


「ギャップ……もえ?」


「そうです。強い女性が垣間見せる弱さが、男性に『自分が守ってやらねば』と思わせるのでございます。しかし、それは普段の凛とした強さがあってこそ初めて発動する心の衝動にございます! 本当に強い女性は決して立場の弱い者を追い詰めたり傷つけたりいたしません。弱い者こそ庇護下に置くべきなのです。エグランティーヌ様はそれができる女性だと私は確信しております!」


「その通りですわ、エグランティーヌ様こそ王太子妃に相応しいお方!!」


 ユイカの完璧なギャップ萌えプレゼンに、クロエが立ち上がりもうひと盛り上げしてくれた後、サラも大きく頷き拍手している。ギャラリーの反応もばっちりであった。


「ということで、美しく聡明でいてお優しく、殿下の前でだけ弱さを垣間見せる予定のエグランティーヌ様のご学友も、同じように気高くあらねばなりません。お分かりですね、サラ様、クロエ様!」


「えぇ、もちろん分かっておりますわ!」


「エグランティーヌ様の足を引っ張るような無様な言動は一切しないと誓いますわっ!」


 ユイカは力強く三人に向けて頷き、一気に喋って疲れた喉をレモンスカッシュで潤した後、残りのBLTサンドイッチを紙ナプキン越しに掴んだ。


「お三方が努力し、素敵な淑女におなり遊ばされるその時に、私のような様子のおかしい者は不要でしかありません。邪魔なゴミでしかありません。ですから、皆様のご活躍とご発展を心からお祈り申し上げると共に、私はエグランティーヌ様のご学友を辞させていただきます!」


「ユイカ様、そこまで私のことを……」


 目を潤ませているエグランティーヌに笑みを返して、ユイカは頭を下げた。


 それからユイカは自分の飲食料金のみを店員に渡して颯爽とカフェテリアを後にしたのだった。


・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


(やった! 終わらせたった! さようなら、寄生生活!! こんにちはフリーダム!!!)


 昨夜の二の舞を起こしてはならないと、スキップして飛び跳ねたいのを我慢し、周りをきょろきょろと慎重に見回し、誰もいないのを確認してから、ユイカは中庭の端の方、少し入り込んだ辺りの芝生の上に座り込む。


 もう一度だけ周りを見てから、ユイカは掴んでいたBLTサンドイッチにかぶりついた。


「うん! さっきより美味しいっ!」


 しがらみは捨て去った。これからは本当に自分の好きなように自由に動ける。そこでユイカは口をもごもごさせながら考え始めた。


 そう、考えるべきはこれから進むべき自らの人生の方向性なのだから。




次回(1/17)19時、ユイカの進路希望調査会!

ブックマーク登録してくださった方々、本当に本当にありがとうございます!!

三日ごとの更新となりますが、お付き合いいただけると本当に嬉しいです。

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