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第11章ー3




 割れんばかりの拍手が講堂を包み込む中、ユイカは壇上から降りてくるエグランティーヌを満面の笑みで出迎えた。


「言ったでしょ? 負けるつもりはないって」


 腰に手を当てて、自信たっぷりに言うエグランティーヌに、ユイカは笑う。


「はい! エグランティーヌ様カッコ良すぎました。……でもまだ結果出てませんし」


 言うと、彼女はフンっと鼻を鳴らして横を向く。


「うるさいですわね。今は……達成感に浸っていたいのよ。貴女と私の構想が、これだけの人々の心に響いたのよ? 素晴らしいことだと思わない?」


「本当に、素晴らしかったよ、二人とも」


 満足そうな声に振り向くと、笑みを浮かべたアルベルトがカイを後ろに連れて立っていた。


「殿下……何故こちらへ?」


 エグランティーヌが驚いたように目を見開く。


(今頃、審査のために別室で相談しているはずなのに)


「……審査の必要性を感じないほどに即決だったからね。すぐに結果を発表することになったんだ。だから、レディたちをエスコートしに来たんだよ」


「……ご配慮に感謝致しますわ」


 エグランティーヌはにこりと軽く微笑み差し出されたアルベルトの手に自分の手を乗せて静かに歩きだした。


 ユイカはカイと並んで二人の後ろを歩く。カイは何も言わない。けれど、ユイカには分かっていた。


(きっと……エグランティーヌ様が選ばれた。じゃあ、パトリシア様は今……)


 選ばれたことは素直に嬉しい。けれど、ユイカもエグランティーヌもパトリシアが気にかかって仕方なかった。



・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


 講堂内にセッティングされた自席に戻ると、エグランティーヌとユイカのために置かれた席の前にある二脚の椅子が空いていた。


「……」


 前の席が空いたまま、結果発表が行われた。選ばれたのはエグランティーヌ・ド・ローラン公爵家令嬢。つまり、正式に王太子妃に確定したのと同義であった。


「私は、エグランティーヌ嬢の『皆で成長する』という案に強く感銘を受けた。この案に大きく賛同すると共に、パトリシア嬢、その補佐をしてくれた女官、ミナ・フォン・リヒテンフェルス嬢、エグランティーヌ嬢の補佐女官、ユイカ・フォン・フォルンシュタイン令嬢たちにも深く感謝したい」


 壇上のアルベルトが静かに手を胸に当てて言った。


「二組とも、王宮内で働く全ての者たちに着目し、それぞれが現状を打開するための案を立てた。選ばれたのは一名ではあるが、我らがルミナス王国の為に、と考え抜いた改善案に私は敬意を表したい。皆、よく覚えておいてくれ。この案を作った者たちの名前を。彼女たちがこの発表であなた方の心を動かしたように、この国を動かすのは決して王族だけではない、ということを」


 アルベルトの言葉に、講堂が静まり返った。


「そして全ての者たちが知恵を出し合い、考えていくことで栄える国を……私はエグランティーヌ嬢と共に目指したいと思っている」


 その言葉に会場に完成と拍手が鳴り響くのを、ユイカはどこか現実離れした気持ちで聴いていた。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


 結果発表も終わり、貴賓宮に戻ったエグランティーヌとユイカがホッと一息ついた頃、困惑した顔の侍女から、パトリシアからおとないを願う言伝ことづてが届いたことを知らされた。


「いいわ。お受けしてちょうだい」


 エグランティーヌは静かに受け入れる。


「きちんと話をしないといけないと思うの。きっとパトリシア様も分かっているからいらっしゃるのだわ」


 自分が王太子妃に正式に選ばれたと知ってからもずっと固い表情のままのエグランティーヌが身を整えるために自室に戻るのをユイカは不安な気持ちで見つめていた。


(エラ様はきっと同じような境遇で育ってきたパトリシア様の気持ちが手に取るように分かっているんだ。だから……)


 どうして複数の人が望む席はひとつずつしかないのだろう、とどうにもならないことを考えてしまいそうになるのを、ユイカは首を振って考えを散らし、パトリシアを迎える準備を侍女と共に急いだ。



・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


「エグランティーヌ様……」


 侍女に案内されたパトリシアが出迎えたエグランティーヌの前で、深くお辞儀をした。その手は震え、その目元は化粧を施していても、赤くなっているのが見て取れた。


「この度は、皇太子妃となられましたことを、心よりお喜び申し上げます」


「……ありがとう、パトリシア様」


 エグランティーヌは目元を緩めて礼を言う。


 パトリシアは、ソファを勧められたが首を振って固辞した。


「私は……目先のことしか考えておりませんでした。数年先のこと、数十年先の国のことに考えが及びませんでした」


 閉じた扇を握るパトリシアのその手は細かく震えている。


「完敗でした。私は、王宮で働く人々を数字としてしか見ていなかったのだと、エグランティーヌ様のお言葉を聞いて気づきました。本当に……情けなく思います」


 エグランティーヌは、その言葉を聞いて、首を小さく横に振った。そして少し身を屈めてパトリシアの震える手を取った。


「私もね、一年前まではそうでした。民と自分は違う、と。深く知る必要性も感じていませんでした」


「え……」


「でも……ある友人に叱咤されまして、私、変わりました」


「羨ましい……限りです」


 苦々しげにパトリシアが笑ったが、エグランティーヌは気にする様子はない。


「パトリシア様、我々上位貴族こそ、様々な階層の人々のことを知らなくてはならないのです。彼らが何を考え何を望み、何に困っているのか」


「……」


「まずは、一番近くにいらっしゃる方々のことを知ることから始められてみてはいかがかしら」


「……そうですね。私は、今日の発表も自分ひとりで戦っているのだと思っていました。でも、違ったんですのね」


 パトリシアはユイカを見る。ユイカの後ろに、彼女は誰かを見ているのだろうと容易に想像できた。きっと翡翠色の巻き毛の女官だろう。そうであったらいい、とユイカは思った。


「エグランティーヌ様。貴女は、私が至らなかった道の先を見ていらっしゃるのだと痛感いたしました。今からでは、とても追いつくことは叶わないかもしれませんが、そのための努力を私は惜しみません。どうか、その努力が実る日までお待ちいただけませんか? どうか、その時が来たら、私が心から貴女に忠誠を誓う機会を頂きたいと願っております」


 静かに頷くエグランティーヌに美しいカーテシーを見せた後、パトリシアはユイカに向き直る。少し、言いにくそうにしながらも、口を開いた。


「貴女は私の補佐をしてくれたミナ嬢と同室で、親しくしている、と聞き及んでおります。彼女の様子を……何かご存じですか?」


「……はい。今日はパトリシア様に休むように言われた、と聞いています」


 ユイカが答えると、パトリシアはごくりと喉を鳴らした後、もう一歩踏み込んだ質問をする。


「彼女は……大丈夫そうでしたか? 顔は……見られましたか?」


「はい」


「……」


 パトリシアは……ぎゅっと目を閉じた。全てを察したのだろう。ミナがエグランティーヌの案を聴いていたこと、それをパトリシアに伝えたこと、全てを承知でパトリシアがミナに部屋に籠っているよう命令したこと……そしてこれら全てをユイカたちが把握しているだろうことを。


「では……彼女に伝えてくださるかしら。最後まで私の為に動いてくれてありがとう、と」


 『最後まで』。パトリシアは確かに言った。その言葉で彼女が全責任を負おうとしているのだとユイカは気づく。


(パトリシア様……そこまで……)


 パトリシアの覚悟に、ユイカは心が痛んだ。


(それ以上の言葉を……聞きたくない……)


 ユイカの願いは届かない。パトリシアははっきりとした口調で言った。


「そしてお二人に申し上げます……ミナ嬢が行った件については、全ては私の責です。だからどうか……」


(ダメ……!)


 そう思うと同時に、ユイカの口から意識しないままに言葉が転がり出た。


「何のお話ですか?」


「え?」


 パトリシアは目を瞬いた。エグランティーヌとユイカを交互に見つめる。


(お願い、エラ様……! 今はどうかお口チャックで……っ!!!)


 エグランティーヌには詳しい話は一切していない。ここでもし彼女に状況の説明を求められてしまったら、きっとパトリシアは全て洗いざらいペロッと喋ってしまうだろう。断固としてその状況だけは避けなくてはならない。 ユイカは必死で瞳だけでエグランティーヌに訴えた。


「……」


 エグランティーヌは何も言わない。扇を畳んだまま口元に当てて、ユイカをただ見つめている。


(この場は任せるってことだよね!?)


 聡明すぎるエグランティーヌに、ユイカは心から感謝してから頷いて見せ、再度パトリシアに微笑みかける。


「何のことだか私にはさっぱり分かりかねますが、パトリシア様のお言葉は、必ず彼女に伝えます」


「……っ! ……ありがとう」


 パトリシアは、深く深く頭を下げるのだった。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


「ただいま、ミナ様」


 ユイカが寮に戻ると、ミナはベッドの上に座って俯いていた。


「おかえり……あの……」


 立ち上がろうとするミナをユイカが押しとどめ、膝をついてからベッドに座っているミナの顔を見上げた。


「もう、大丈夫ですか?」


「うん……あの……私……」


 みるみる翡翠色の瞳が潤み始める。


「うん」


 ユイカは静かに頷いて彼女の次の言葉を待った。


「……ごめんなさい」


 小さな嗚咽が聞こえる。ごめんなさい、ごめんなさいと何度も言い続け、ミナは膝を抱えて泣き始めた。


 ユイカはミナの隣に座り、その肩を抱く。朝から緊張し通しだったのだろう。ひんやりとした身体だった。


「私……パトリシア様のお力になりたかったの……」


 ユイカの腕の下で、泣きじゃくるミナの涙がパタパタっと彼女の膝に落ちる。


「うん……分かるよ」


「ユイカ様みたいにてきぱき仕事できて、信用されて……そんな女官になりたかったのに……」


「……」


 ユイカは仕事が出来るわけじゃない、周りに恵まれただけだ。でもそれは口にしなかった。


「でも全然出来なくって……少しユイカ様のことをずるいって思ってしまった時から、もう卑屈な気持ちが止められなくて……嫌な態度も取ってしまったの……ごめん……な、さい……」


「うん……ミナ様の気持ちは分かったよ」


 まわした腕でぎゅっと彼女の肩を抱き寄せながらユイカは言った。


「あの……それで……パトリシア様は……?」


 きっとそれは試験の勝敗を聴いているのではないのだと分かった。ユイカが盗み聞きをされた、と報告した結果、下されるであろうパトリシアへの処分を恐れているのだと。


 ユイカはゆっくりとミナの背中を撫でながら教えてやる。


「何事もなく、最終選定試験は行われたよ。パトリシア様とエグランティーヌ様が問題だと提起したテーマが……何と偶然同じでね?」


「……」


 ミナは身体を固くする。


「なのに、問題に対する解決策は全然違ったんだ」


「!?」


 ミナは顔を上げてユイカの顔を見つめる。ユイカの言葉の意味が理解出来なかった様子だった。


「パトリシア様は効率化重視。エグランティーヌ様は職員育成重視の答えだったんだ」


「……え」


「だから何のトラブルもなく、お二人の発表は終わって、エグランティーヌ様の案が採用されたの」


「……」


 心なしか、抱いているミナの身体から張りつめていた何かが緩み始めるのを感じた。


「それから、パトリシア様からミナ様に伝言」


「!」


 身を固くするミナに、ユイカは笑いかけた。


「『最後まで私の為に動いてくれてありがとう』ですって」


「……それだけ?」


 ユイカは頷く。


「ミナ様、大丈夫。何も起こっていません。何も……変わっていません」


「私……まだ……やり直せる? ユイカ様と一緒に……働いても……良いの?」


 ユイカはもう一度頷いた。


 ミナがユイカに抱き着いた。そしてわんわん子どもみたいに泣いた。不安で不安で仕方のない時間を過ごしたのだろう。


 ユイカは大丈夫、大丈夫と繰り返し言いながら、その背中を撫で続けた。






次回、10分後にエピローグ投稿! ユイカは定時退勤できるのか!!


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