第11章ー2
ユイカがエグランティーヌとの通し稽古を終えて部屋に戻ってきた時、ミナは既にベッドにもぐりこんでいた。
ここ一カ月以上、ミナとまともに話せていない。お互いに何を言ったら良いか、分からないのだ。ミナがフリーデリケと共にいることを望むのであれば、ユイカには何も言えない。
しかし、今日のミナは様子がおかしいようにユイカには思えた。ベッドにもぐりこんで眠っているだけならいい。けれど、何というか、身動きひとつしないミナから、変な緊張感を感じるのだ。
「ミナ様? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……このまま寝てれば」
「何かして欲しいこととかありますか? 必要なものとか」
「大丈夫だから、ユイカ様も早く寝ないと。あ、明日……本番だよ?」
声の調子がおかしいような気がするけれど、これ以上無理に聞き出すことも良くないと、ユイカは諦めた。
「……分かりました。もし悪化するようなら、絶対に私を起こしてくださいね」
「……うん……ありがとう」
くぐもった声が聞こえたのを確認して、ユイカも寝る支度をして、ベッドに入り瞼を閉じて夜が更けていくのに任せた。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
翌朝。
目覚めて顔の前に手をやると、キラキラと光の粒子が朝日に照らされて寝起きの目を刺激する。
(そうだった。昨日のエリアヒールの……ってか本当に、今日一日キラつくの? 私とエラ様)
げんなりしながら着替えを済ませ、隣のベッドに目を向けた。
「……ミナ様?」
小さく声を掛けただけなのに、ミナはすぐに返事をした。眠れていないのだろうかとユイカは思う。
「だ、大丈夫だから。私、今日一日パトリシア様に休むように言われてて」
調子はどうかと尋ねる前に言われた言葉に、ユイカは目を見開いた。
「! ってことは昨日からやっぱり相当調子悪かったってことじゃないですか! ミナ様、熱を測りましょう!」
「いい! だいじょう……」
「大丈夫じゃないですって!!」
そう言ってユイカはミナの拒否を聞かずに無理やりシーツを引っぺがした。
「!?」
ベッドの上で身体を丸めたミナの全身が光っている。そう。今のユイカと同じように。
『あ、エグランティーヌ様のお部屋は、ドアの近くにいた女官さんに聞いて確認してから入りましたから問題なしです』
『エリアヒールはなかなか強力なので……明日の夜くらいまでは光るかと』
昨日のリリアの言葉がよみがえる。そうか、ドアの近くにいた女官はミナだったのだ。
けれど……。
(こんなに必死で隠すということは、あそこにいたことをあたしに気づかれてはいけないと判断したってことだよね。あの時話していたのは……)
ユイカはハッと息を呑む。
「!? ミナ様……もしかして……発表内容を?」
「!」
目いっぱいに涙を溜めたミナが何も答えずユイカの手からシーツを奪い返し、再びくるまってしまった。ユイカには全てが理解できてしまった。
ミナは情報を得ようとしていたのだ。そしてきっとそれは既にパトリシアに伝わっている。
(そして、ミナ様はこんなに震えるくらい、苦しんでいる……)
「……」
目の前で、小さくカタカタと震えているルームメイトに、ユイカは静かに細く長く息を吐いてから言った。
「大丈夫です、ミナ様。ゆっくり休んでいてください」
「!?」
シーツ越しでも気づくくらいに、ミナがびくっと震えた。もうそれだけでユイカには何も言えない。シーツ越しにポンポンと軽く撫でて、ユイカは準備を整えてから部屋を出た。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
「おはよう。とうとう本番当日ね」
エグランティーヌの部屋に入ると鏡台の前で髪を整えられている本日の主役が晴れやかな声でユイカを出迎えた。
(こちらの情報がパトリシア様に全て筒抜けだったら……)
ずっと考えていた最悪の想像に思考の半分を取られていて、ユイカの返事がコンマ数秒遅れた。
それだけで、エグランティーヌには伝わってしまったようだった。
「どうかしたの? 何かあった?」
本当にエグランティーヌは勘がいい。ユイカは苦笑する。
「何も……ありませんよ」
(今、エグランティーヌ様に余計な情報を入れるべきじゃ、ない)
ユイカの笑みを、エグランティーヌはしばらくじっと見つめてから目を逸らした。
「そう。貴女がそう言うのであればそれでいいわ」
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
内宮講堂に関係者が集まる。
王太子アルベルト、王女ロザリンデ、侍従長、女官長、それから各宮の責任者が最前列に座っている。
「ただいまより、王太子妃候補お二人による最終選定試験を行います。 課題は『王宮における問題提起と解決策の提示』です。まずはパトリシア・フォン・ノイシュタット侯爵家令嬢、どうぞ」
「はい」
自信に満ち溢れた表情でパトリシアが講堂の演台に立った。まっ直ぐに前を向き、胸を張り、理知的な瞳を講堂全体に向けた後、口を開く。
「私が王宮の問題として掲げるのは王城職員の労働状況に関して、です」
用意された発表者の席に座っていたユイカとエグランティーヌは顔を見合わせた。テーマが全く同じである。昨日情報を得ただけでここまで合わせることは出来ないはずだ。
(やっぱり前々からミナ様は情報を探っていたんだ……私がもっとちゃんと……)
考え込むユイカの肩に、エグランティーヌが手を置いた。
「落ち着きなさいな。私たち、たくさんの職員に働き方について聞き取りをしたのよ。労働問題に焦点を当てているって誰でも気づくわ」
エグランティーヌは余裕の表情だった。
「でも……!」
「だから、落ち着きなさいって。貴女が作ってくれた革新的な資料を、この私が発表しますのよ。同じテーマで負けるつもりは無くてよ」
不敵な笑みを浮かべるエグランティーヌをユイカはポカンと見上げた。けれど、彼女の手は震えている。ユイカは両手で頬を軽く叩く。
(あたし、何やってんの! ここまで来たら今までやってきたことを全力で出すしかないじゃん。エラ様が全力を出せるようにサポートするのがあたしの役目なのに、どうしてエラ様にサポートさせてんの!)
「その通りです。エグランティーヌ様。私たちは必ず選ばれます!」
二人は頷き合った。
「王宮の運営には民から預かった税を使います。国を豊かにするための税です。それを無駄に使って良いはずがありません。だからこそ、私は人件費の削減と効率化を解決策として提案いたします!」
「え……」
「どうしたの? 何か問題でも?」
小さく揺れたユイカにエグランティーヌが囁く。
「い、いいえ……」
(パトリシア様は……効率化を解決策になさったってことだよね?)
自分たちの発表内容を最後まで聞いたのであれば、効率化で終わるはずがないのに。
「つまり、より業務を速く正確に遂行できる職員を特に重用します。そうすることで、少数精鋭で息の合った仕事をすることが可能となり、効果も倍増するに違いありません。また、人件費を抑えることで、お手元の資料にあります額の税が残ります。今後の国をことを考える上で、必要な策であると私は確信いたしております。以上です」
各宮の責任者たちが大きく拍手をすると共に頷いていた。パトリシアの言葉は簡潔で分かりやすく、その声は淀みなく、彼女の訴えは至極正しいことであるかのように聴講者たちの耳に入っていくようだった。
しかしユイカは戸惑っていた。
(もしかして……リリア様が入ってきた時までの話しか聞いていないのでは……?)
そう考えればパトリシアの演説がここで終わったことにも納得がいった。
(ならば、あたしたちはその先を行く!)
隣のエグランティーヌを見て、ユイカは力強く頷いた。
「では、エグランティーヌ・ド・ローラン公爵家令嬢、どうぞ」
司会がエグランティーヌに登壇を促す。
「はい」
エグランティーヌは良く通る声で高く返事をした後、小さな声で囁いた。
「貴女と私の構想発表、最高のものにして見せるから、貴女は私の見えるところにいてちょうだい」
そう言ってぎゅっとユイカの手を握った。緊張しているのがよく分かる冷たくて震える手、だった。ユイカはその手をぎゅっと握り返し、大きく頷いた。
「私も共におります。頑張りましょう! エラ様!」
エグランティーヌは嬉しそうな表情を浮かべ、ゆっくりと演台に進んで行った。
ユイカはその後姿を見送った後、速足ですり鉢状になっている講堂の一番後ろ、出入り扉の前、演台上のエグランティーヌの真正面に移動した。
「私とユイカ・フォン・フォルンシュタインが共に調べ上げ、問題としたのは……」
会場がざわっとどよめいた。ユイカ自身も息が止まるかと思った。
(あたしと共に……って)
「どうしても、貴女との共同発表にしたいと仰っていたのです。さすがに殿下に止められたのですが、諦めきれなかったのですね」
突然隣から密やかな声がして、ユイカは飛び上がった。
「カイ様!? どうして……」
「ユイカ嬢の様子がいつもと違うから、発表の間、傍にいてやって欲しい、と今朝エグランティーヌ嬢に頼まれまして……ご迷惑でしたか?」
ユイカはゆっくりと首を横に振った。
「ちょっとだけ、不安なことがあったんですが、もう、大丈夫みたいです」
ミナからパトリシアに伝えられていた内容はどこまでの情報だったのかは分からないけれど、エグランティーヌの発表にはきっと影響しないだろうと思う。
「でも……カイ様が傍にいてくださるのはすごく嬉しいです」
「……」
正直に気持ちを伝えてみたが、返答がない。そっと隣を盗み見ると、耳を赤くした無表情の騎士がいた。その口元がムズムズ動いていたのを見て小さく笑ってしまう。
「今は……エグランティーヌ様の勇姿を見ましょう」
「そうですね」
カイの言葉に促されるように返事をしてユイカが演台に視線を戻すと、エグランティーヌは効率化の説明に入ったところだった。
「パトリシア様と同じ視点、王宮職員の労働についてです。そしてパトリシア様と同じく、民から預かった税を無駄に使うことは決して許されることではない、とわたくしも強くはっきりと申し上げます」
そこでエグランティーヌはひと呼吸置いてから声高らかに言った。
「しかし、一見無駄と思えるものも視点を変えることで将来への投資、と言えるものがございます」
エグランティーヌはにっこりと妖艶に微笑んだ。ユイカがパトリシアに目をやると、彼女は驚いたように目を見開いている。やはり、この先を聞いていなかった様子だった。
「では、ここで皆様に私の補佐を務めてくれた女官、ユイカ・フォン・フォルンシュタイン男爵令嬢が独自に作成した資料をお配りします」
エグランティーヌの合図で、職員が審査する王太子たちに資料を配る。そして講堂にいる聴講者たちにも配り始めた。初めて見るのだろうグラフ化されたデータに、そこかしこから感嘆するような声が漏れ聞こえてきた。
「この資料は数値を可視化しております。数字だけでなく、面積、高さで目視できるよう配慮致しました」
聴講者の反応にエグランティーヌは満足そうに頷きながら話を進める。
「例えば、A、B二人の職員がいるとしましょう。Aは1時間に書類を30枚処理できる職員です。Bは10枚。あなた方が上司なら、どちらに頼みますか?」
皆に少し考える時間を与え、エグランティーヌは再び喋り始める。
「私なら、Aに頼みます。きっとどなたもそうするでしょう。つまり、Aは全ての者に仕事を任せられます。その結果、Bに任せる仕事が極端に減ります」
「またはこうも考えてみてください。ひとつの仕事をAは間違いなく一人で完璧に遂行できますが、Bは何か欠けたり人の助けが必要です。その場合にも、その仕事はAにだけ頼むようになりますね?」
聴講者たちは、その場でエグランティーヌと話しているかのように頷いている。
「さて、その結果どうなるでしょう。私たちの予想では、Aばかりに仕事量が増え、Bに仕事を任されない状況が続き、結果、Bは仕事を体験し覚える機会そのものが奪われます。そして数年後、Aは仕事に忙殺され、疲弊して王宮を去ります」
またエグランティーヌは押し黙る。そして行動がしん、としたところで、彼女が大きく手を叩いた。その響きに全員がぴくっと反応した。
「新しく仕事を覚える努力をしなかったBと、Aにばかり仕事を振ってきた上司。Aの抜けた穴は誰にも埋めることができません。下手をすれば、永久にAのやり方は誰にも分からないままになってしまうかもしれません」
再び会場が静かになる。誰もがその状況を想像したのかもしれない。あるいは思うところがあるのかもしれない。
「しかし、これはBの怠慢ではありません。そうなるように仕向けた職場の仕組みが悪なのです」
エグランティーヌはまっ直ぐに前を見据えユイカに大きく頷いて見せてから、それから講堂の聴講者全体に言った。
「だからこそ、私と彼女は仕組み自体を変えることを解決策と考えます。効率だけを考えず、全ての者に研修という学ぶ機会を、順番に休みを取ることで満遍なく成長できる機会と職員の健康の確保を。それが巡り巡ってこのルミナス王国が繁栄し続ける助けになる、と信じております!」
ユイカはエグランティーヌの歌うように滑らかに話す姿に目を奪われていた。
(どれだけ練習していたんだろう。何度やり直したのだろう。資料も見ないでこれだけのことを……)
胸がいっぱいになる。これをユイカと共に作り上げたのだと言ってくれているエグランティーヌの心が嬉しい。
「以上です」
エグランティーヌが言い終わると共に会場中から大きな拍手が沸いた。
ユイカも夢中で拍手を送った。カイも大きく頷き拍手を送った後、隣のユイカに向けてこぶしの甲を差し出した。
ユイカも同じようにこぶしを作り、カイの手の甲にトンっと重ねるのであった。
次回(3/5)19時、この物語のクライマックスと、エピローグを二本、同日投稿します。




