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第10章ー5




 気まずさを抱えながらも、ユイカはカイの口利きで騎士団の詰所で労働時間やシフトの組み方などを聞き込んだ。詳しいことは機密情報だからと言われたが、大体の説明でユイカの聞きたいことは事足りた。


(しかし、さすが騎士団詰所。ガタイの良い方ばかりでものすごい圧迫感がある)


 そう思っていると、突然目の前に場違いなほどに明るい笑顔の男が現れた。


「俺には聞いてもらえないの?」


「え?」


 これまで話を聞かせてくれたのは、カイが紹介してくれた騎士ばかりで皆さん懇切丁寧な方ばかりだった。しかも全員既婚者だったので、シフトの組み方などとても参考になったのだが、何か問題があったのだろうか。


「フェリックス、お前は休憩時間だろ?」


 何故かカイが焦ったようにフェリックスと呼ばれた騎士の肩を掴んだ。


「お前だって休憩時間だろ?」


 その言葉にユイカは思わず立ち上がってカイを見た。


(貴重な休憩時間を、あたしに使わせてしまったんですかっ!?)


「そうだったんですね、申し訳ありませんでした!」


 慌てて頭を下げるとカイは、そんなことは……、と首を振る。そしてカイの代わりにその底抜けに明るい男が答えてくれた。


「そうそう、我々の休憩時間とか気にしなくていいんですよ、こんにちは麗しい女官さん。自分はフェリックス・フォン・ハラー。子爵家次男、()()()()!」


「は、はぁ……」


 何故に独身を強調するのだろうと不思議に思いながら愛想笑いを返した直後、不意に思い出した。


「ハラー様、もしかして学園の卒業式の時にカイ様と一緒にお話されていた方では?」


 一瞬しか見ていなかったが、カイが遠慮なくリラックスした様子で喋っていて、ユイカはその相手を羨ましく思ったことを思い出す。


 言うと、フェリックスはパァっと表情を更に明るくする。王太子殿下とはまた違う種類の眩しさである。


「そうです! よく覚えていてくださいましたね。女官殿、もうこれは運命としか……痛ぇっ!」


 見るとフェリックスの頭に、カイの肘が入っていた。


「もう十分話は聞けたでしょう? 行きましょう、フォルンシュタイン嬢」


「は、はい」


 何故だか不機嫌そうなカイはユイカの隣に来て何も言わないまま手を取った。


「!?」


 引っ張られるように騎士団の詰所を出る。


「お、お話をありがとうございました!」


 慌てて大声を上げると、中にいた騎士たちが笑顔で手を振ってくれた。特にフェリックスが満面の笑みでぶんぶんと大きく振りながら言ったのだ。


「そいつのこと、よろしくね」


 と。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・



「カイ様!」


 ずんずん足早に歩くカイに手を繋がれたまま、ユイカは慌てて彼の名前を呼ぶ。まだ騎士団の敷地内である。周りからの視線が痛い。


「カイ様! 手! 手がっ!!」


「手?」


 カイが不思議そうに立ち止まって振り返り、目を見開く。そして自分の手がユイカの手を掴んでいることに今気づいたかのように慌てて離し、素早く大股で五歩ほど遠ざかった。


「も、申し訳ありませんっ!」


「い、いえ。ただ、ちょっと周りの方の視線が……」


 珍しいものを見たかのように団員達が遠巻きに自分たちを見ているのが恥ずかしかった。


「申し訳ありませんでした」


「いえ、大丈夫です」


 お互いに次に何の話題を持ってくれば良いのか分からず気まずい沈黙が流れる。


 なんだか身の置き場がないように感じていると、カイがユイカに尋ねた。


「フォルンシュタイン嬢、この後のご予定は?」


「お聞きした話をエグランティーヌ様に報告するために資料を作る予定です。カイ様は?」


「私は、午後から非番です」


(もう少し、一緒にいたいな。この前のことも謝りたいし)


 そう。一カ月半以上もの間、ユイカは気にしつつも自分がカイに八つ当たりしたことに対して謝罪をする機会を持てなかった。しかし、自分から誘うのもなかなか勇気の要る仕事である。


「「あの……」」


 図らず、二人の声が重なった。


「カイ様から、どうぞ」


 そう言うと、カイはひどく言い出しにくそうにしながら、視線をユイカの斜め後方に向けながら言う。


「ここはまだ人目が多いので……人目の少ない、静かなところにお誘いしても良いでしょうか?」


 静かなところ、と聞いて、ユイカは思わずお願いを口にしていた。


「はい! できれば、あの野原にもう一度連れて行ってくださいませんか?」


 カイはきょとんとした顔をした後、相好を崩した。嬉しそうに見えたのは、ユイカがそうあって欲しいと望んだからだろうか。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・



 しばらく歩き、王太子宮の中庭の奥、生垣が少しだけ途切れた隙間を通って、ユイカとカイは静かで小さな川の流れる野原にやって来た。


「やっぱり、ここは落ち着きますね」


 大きく深呼吸していると、カイが後ろから声を掛けてきた。


「あぁ。ユイカ嬢、実は今日の王太子宮は人が少ない。殿下が正宮で食事をなさる予定だから人員がそちらに割かれている。だから、ここには誰も来ない。楽にしていい」


「あ、だから、カイさん午後から非番なんだ」


「あぁ」


 カイが柔らかな笑みで答えてくれるのが、自分でもびっくりするくらいに嬉しかった。だから、それ以上は何も言えず、沈黙が流れる。


 気まずかった先ほどとは違って、ここでは二人で黙っていても、小川の流れ、野原を通る風が揺らして鳴らす葉擦れの音、虫や鳥の声が間を持たせてくれる気がした。


 その音に背中を押されるように、ユイカは勇気を振り絞って口を開いた。


「あの……カイさん。先日は失礼な態度を取ってしまってごめんなさい」


「え?」


「エグランティーヌ様が倒れられた後、私が一人で殿下に物申しに来た時の帰り……」


「あぁ、あの時か。しかし謝られるようなことは何も。俺の方こそ気の利いたことを言えず申し訳なかった」


 やっぱりカイは気を悪くしていなかった。あんなひどい八つ当たりをしたというのに。ユイカは何故だか泣きそうになる。ユイカの情けないところごと、大きく包み込んでくれるようなカイの優しさが嬉しくて。


「そんな、謝らないで。あの時は私が一人で暴走しただけだったし」


 ユイカの言葉に、カイは首を振った。


「しかし、そんな行動をしても、結果的に貴女は殿下とエグランティーヌ嬢を良い方向に導いてくれた」


「それは、きっと殿下とエグランティーヌ様の想いが強かったからこそ、だと思う。私は何も……」


 カイは静かに小川の流れを見つめながらぽつりと言った。


「それでも、きっとユイカ嬢なら、大丈夫だと思っていた」


「え?」


「君は他人のことであんなに感情豊かに憤って、行動を起こして、一緒に悲しめる人だから。きっと悪い方向には持っていくことはないだろうって、俺が勝手に信じていたのだと思う」


「信じて……?」


『私ね、人を信じるってひとつの愛情だと思いましたの』


 いつかエグランティーヌがユイカに伝えてくれたあの言葉が、ユイカの胸を温かな何かで満たしていく気がした。


「俺が拙い言葉で君に何かを言うよりも、ただ黙って見守ることが俺が君に出来る唯一だと思ったんだ」


『大丈夫。我々がついています。貴女は貴女が正しいと思うことをしてください』


 いつか、この場所でカイがユイカにくれた、お守りの言葉も一緒に耳に聞こえる気がした。


「……」


 ユイカの心はもう何かが溢れだしそうで、胸がぎゅっと痛くて、目元がなんだか熱くて、口元が震える。


 隣で俯くユイカに向けて、カイは柔らかい声で続けた。


「ユイカ嬢、貴女なら大丈夫だと信じていた」


「!」


 もうたまらず、ユイカは両手で顔を覆う。涙が後から後から溢れて止まらない。


「え? ユ、ユイカ嬢!? どうした? 何か気に障ることを言ってしまったか? 申し訳……」


「好きです」


「……え?」


 顔を覆ったまま、ユイカは心の内を口から零してしまった。


 気が付いたときにはもう遅かった。時が止まった気がした。涙も一気に引っ込んだ。


(ちょ……っ あた、あたし……今、何言った?)


 顔を覆ったままパニックになる。しかし、もう後戻りはできないことだけは確実だった。


(もうこうなったら、腹をくくる!)


 ハンカチを出して顔を乱暴に拭い、カイを真正面から見据えた。


(ものすごい不細工な顔してるに違いないけど……)


 カイもまた、時が止まったように驚いた表情のまま、口をポカンと開けてこちらを見ている。そんなカイに向かってユイカは再度伝えた。


「ずっと、そうやって私を支えてくださるカイ様が大好きです」


「……」


「私の意思を尊重しながら、ずっと心を守ってくださるカイ様が……」


 言いかけた言葉を、カイが手で制した。その困惑した表情を見て、ユイカは冷水を浴びせられたように我に返った。慌てて両手で口を押える。


「ご、ごめんなさい……わ、わた……わたし……」


(ダメ……だった)


 離れようと足を一歩引いた、その直後、カイの手が伸びてきて、ユイカは強く抱きしめられていた。


「え?」


「貴女という人は……本当に……想定外のことばかり……」


「か、カイさん?」


 カイの肩口に頭ごと押し付けられ、カイの手が後頭部と背中に回される。髪に彼の吐息を感じた。


「俺の方が、君にどれだけ救われたか……君という存在が、どれだけ俺の支えになっているか、知らないだろ?」


 一気に涙が溢れ出た。そんなの知らない。そんな素振り何もなかった。いつも自分ばかりがカイのことを……。


 強く抱きしめられていた腕が緩められ、ユイカは涙でボロボロの顔を上げる。すぐ傍に、カイの泣きそうな顔があった。


「伝えてしまえば、もう絶対に離せなくなると思って、言えなかったのに……先を越されてしまった」


「カイ……さん?」


 カイはゆっくりとユイカから離れ、そして跪いてこちら見上げた。眩しそうな、泣きそうな顔で。


「ユイカ・フォン・フォルンシュタイン令嬢。私は貴女を心からお慕い申し上げております。今後も傍に在ることをお許しいただけるでしょうか?」


「……本当に?」


 カイは、うっすら潤んだ瞳を細めて頷く。


「俺の剣に誓って」


 ユイカはカイに抱きつく。カイもユイカを抱きとめた。互いの体温をずっとずっと感じながら。


 やがて二人は満たされた気持ちで顔を見合わせる。


「そろそろ戻るか?」


「そうだね」


 差し出されたカイの手をユイカは握る。秘密の野原を抜けるその時まで。




次回(3/3)19時、とうとう選定試験の日が近づいて参りましたっ!

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