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第1章ー4


「貴女、昨夜アルベルト殿下と中庭で一体何をお話しになったの?」


 エグランティーヌは今にも燃えそうな紅い瞳をユイカに向け、苛立ちを隠せないかのように、胸の前で組んだ腕を人差し指でトントンと軽く叩いている。


(お貴族様に金輪際関わらないと決めたのに……しかもこんな朝イチから。何故にどうしてこうなった……?)


 ユイカは目を閉じ天を仰いだ。そして全力で話の方向性を変えることに決めた。


 これは絶対に何を言っても怒りに油を注ぐパターンにしかならない、と肌で感じたためである。


 こほん、と咳払いをしてから口を開く。


「昨夜、中庭で確かに騎士様と男性に話しかけられましたが、どこのどなただったのか、私には分かりかねますし、お相手には大事な憩いの時間の邪魔をしてしまったことと、怯えさせてしまったことを謝罪しただけです。私からは名乗りもしませんでしたし、お相手のお名前すらお聞きしておりませんので、まずエグランティーヌ様が最初に仰った『知り合った』というには語弊がございます」


 ということで、とユイカは笑みを貼り付けたまま三人の脇を通り抜けようとしたが、もちろんそんなことでは解放してはもらえなかった。


「ちょっとお待ちなさい。『怯えさせてしまった』って……貴女一体何をしたら男性を怯えさせるようなことになるのよ、説明が全く足りていなくてよ」


 エグランティーヌが困惑したように言うから、ユイカは分かりやすく噛み砕いて具体的に昨夜の説明をして差し上げることにした。騎士様と正体不明の男性視点で。


「いやー、暗くなりかけた中庭で女生徒が一人で笑いながら一心不乱に走って自分に向かって来たら怖いと思いません? 私がやらかしたこととは言え、客観的に考えたら恐怖体験でしかないですよね、あんなの」


「……正気なの? あなた」


 エグランティーヌに心配されてしまったユイカは、あはは、と笑ってみせる。


「というわけでして、昨日の男性が殿下でいらっしゃったかどうかは、私には分かりかねます。そして、正気か疑われるほどの怪しい人間でございます私は皆さまの視界に入らないように卒業まで影の者として生きていきますので、今後はどうぞ私のことはお気になさらず、その辺の石ころと思って捨て置きください」


「ちょっとお待ちなさい。だからアルベルト殿下と何を話したのかを私は聞いているのよ!」


「ですから、怯えさせてしまったことに対する謝罪しかしておりませんってば! もうこれで失礼させていただきたいのですがっ!」


 では、と今度こそ脇をすり抜けようと、先ほどとは反対側に移動してみたけれど、取り巻き令嬢ABががっちりとユイカの進路を阻んでいた。


「まだエグランティーヌ様のお話は終わっておりませんよ」


「どうして、昨日からわざわざ人の心をざわつかせるようなことばかりなさるのですか? ユイカ様、本当に一体どうなさったのですか?」


 取り巻きAであるクロエ・フォン・ヴァランシエンヌ 子爵家令嬢と、昨日もユイカの主に頭の心配してくれていた取り巻きBサラ・フォン・レトヴィッツ伯爵家令嬢が口々に声を上げた。


 その声に重ねてエグランティーヌも一層声を高くした。


「謝罪しかしていないのなら、何故、殿下が灰色の髪と瞳の高等部三年生の女生徒の名前を知りたがるのよ!! ほかに殿下の気を引く何かをお話したのでしょう? それをお答えなさい、と言っているのです!」


 元取り巻きCであるユイカは、大きくため息を吐いた。アホらしい、と。どうして自分と王太子殿下が何を喋ったかで部外者がやいやい言わねばならないのか。


「お言葉ですが」


 姿勢を正し、まっすぐにエグランティーヌの瞳を見つめながらユイカは口を開く。たったその一言で空気が変わったことに気づいたのか、三人が目を瞬かせながら一歩後ずさった。


「私はエグランティーヌ様から投げかけられたご質問に対して『分かりません』『話もしていません』『語弊があります』『謝罪しかしていません』と重ねて申し上げておりますにも関わらず、貴女様は私の言うことを信じてくださらず、挙句質問を繰り返される」


 実はユイカは今、食堂に朝食を摂りに行く途中であった。つまり非常に空腹である。総じて空腹は人に余裕を無くさせる。


「大体私の言うことを信じない方に何を申し上げても話は進まないでしょう! 結局は貴女の求める言葉が出てくるまで納得しないおつもりでしょう? 私はそのような無意味な話し合いに参加するつもりはございません。ではっ!」


 呆気にとられて口もきけない様子の三人のど真ん中、つまりエグランティーヌとクロエの間を突っ切って、ユイカは食堂に向かった。彼女が大好きなハッシュドポテトのつく数量限定モーニングセット(特)が売り切れてしまう前に。


・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


「間に合わなかった……!」


 食堂の入り口に『モーニングセット(特)終了』の文字が容赦なく貼られていた。ユイカはがっくりと肩を落とす。


 仕方なく、トーストとコーヒーのセットを注文してから受け取ると、とぼとぼ歩きながら空席を見つけ倒れこむように着席した。


 ため息しか出ない。大事な朝の活力が失われてしまった。


(ハッシュドポテト……食べたかった)


 恨めしいことに、斜め前の席に座っている誰かのトレイはモーニングセット(特)。フォークを入れた時、さくっと幻聴が聞こえてきそうなほどに、ユイカはハッシュドポテトにくぎ付けになってしまう。


「こんな明るい朝でも貴女は相も変わらず不気味なのですね……」


 という困惑した声に、ユイカがハッシュドポテトを食している手の持ち主に目を向ける。


「!?」


 昨夜の騎士様だった。あの時は何となくの顔かたちが良いことしか分からなかったが、朝の光の中で見る彼は、真っすぐで艶のある黒髪に、鋭い切れ長の黒い瞳で何というか、とてもきれいな顔をしていた。


「まさか、私のことを覚えていないのですか?」


 思わずポカンと見惚れてしまっていたユイカはハッとして首を左右に振る。


「いえっ! 覚えております。昨夜は大変失礼をいたしました!!」


 ビリっと音がしそうなほどの相手からの不快感を感じ、ユイカは思わず席から立ち上がり、90度のお辞儀をした。


「やめてください、注目を浴びてしまいますから」


 うんざりしたような声に、ユイカは身の置き場がない気持ちで静かに朝食のトレイを持ち上げた。


 これ以上騎士様のご気分を損なわせることになる前に立ち去ろう、ユイカはそう思ったのだ。


「どこへ行くのですか? まだ手もつけていないでしょう」


「いろいろと申し訳なくていたたまれないので、席を移動しようかと……」


「必要ありません」


 騎士様は、そう言うとハッシュドポテトもプレーンオムレツも生野菜もロールパンもあっという間に綺麗にたいらげてしまった。


「すごい……」


「騎士たるもの、いつ出動要請がかかるか分かりませんから。現に今も主に呼ばれているもので、慌ただしくて申し訳ありませんがこれで失礼いたします」


 そう言ってトレイを持って立ち上がる。


「というわけで、貴女は気になさらずゆっくりと朝食をお摂りになってください」


 と冷ややかに去ってしまった。ユイカは言われたとおりにそのまま着席し、もそもそとトーストを頬張り、コーヒーで流し込む。


(ものすごい勢いで去って行ったな……。呼ばれてるって言ってたけど、それまではゆっくり食べてたみたいだしただの逃げる口実だったのでは……)


 君子危うき(ユイカ)に近寄らず……ということだろうか。 


 騎士の反応に、ユイカは感心するような、何となく面白くないようなもやっとした感情を抱きながら朝食を終えたのだった。


 しかしながらである。出来れば会いたくない人に会ってしまうというのは一日に二度あれば三度目もあるもので、昼休みの時間にその三度目がやってきた。


 鮮やかでまばゆいほどのオーラを背負って。






※次回(1/11)19時、モブC、路傍の石になり損ねる!!

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