表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/46

第10章ー3




 アルベルトとエグランティーヌの想いが互いに通じたことが嬉しくて、カイと目を合わせて微笑んだ直後、ユイカはハッと我に返って目を逸らした。


(あたし、カイさんに嫌な態度を取ったまま謝ってもないくせに何やってんの!! 図々しすぎるでしょう!!)


 二日前、ひとりで王太子宮に乗り込んだ帰り、自分の気持ちに全く寄り添ってくれないカイに、ユイカはひどい八つ当たりした。けれど、カイはユイカを責めなかったし怒りもしなかった。


 現に今、急に視線を逸らしたユイカにもカイは何も言わない。もちろん護衛中なのだから私語を発することなどできるはずもないのだが。


 顔を見ることができないから、今、彼がどんな顔をしているのかは分からない。分からないけれど、気のせいかもしれないけれど、なんだかすごく視線をひしひしと感じる。


 どうすれば良いのか分からずただひたすら俯くユイカの耳にエグランティーヌの声が聞こえた。


「そろそろ戻りましょうか。影武者の公爵家令嬢がきっとそわそわしているわ」


 悪戯っぽく笑うエグランティーヌに、ユイカはホッとしながらも、カイの前を通る時はひたすら下を向いたまま何とか通過する。


 再びヴェールで顔を隠した女官姿のエグランティーヌと共にユイカは王太子宮を辞した。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


「カイ様と何かあったんですの?」


 貴賓宮の自室に戻るなり、エグランティーヌが気づかわしげにユイカを見る。


「え?」


「なんだか途中から様子が変でしたもの」


「い、いえ、何もありませんよ?」


 明後日の方向を見て答えるユイカに、エグランティーヌは静かに口を開いた。


「私ね、『人を信じる』ってひとつの愛情だと思いましたの」


「え?」


「殿下が私を王宮から遠ざけようとしてらしたのは、私の為を思われてのことだったでしょう? ……分かっていたのよ、本当は」


「そう、なのですか?」


 ユイカが驚いた様子を見せるとエグランティーヌは頷いた。


「えぇ、それなりに一緒に過ごした時間はあるもの。それに貴賓宮に来てからも、殿下が私を大事に想ってくださる気持ちは伝わっていたわ。けれど、殿下には大事にしなければならないものが他にも多くある」


 エグランティーヌは窓の外を見て、入宮するために列を成している貴族の馬車を見下ろしながら呟く。


「同じ婚約者候補でいらっしゃるパトリシア様のお立場も理解なさっておられるし、他の家々との、絡んだ糸のような複雑な関係もある。私にだってあるわ」


「……」


 そう。貴族は想いだけで添い遂げる相手を選べるわけではないのだ。高位貴族であれば尚のこと。王族ともなれば、結婚に気持ちが添うことなど、ほぼ無いのである。


(だからこそ、エグランティーヌ様と殿下にはお幸せになっていただきたいって思ってる)


 ユイカの気持ちを汲んだようにエグランティーヌは寂しそうに笑う。


「だから、殿下も私も自分の気持ちだけで将来を決めることはできない。でもね、だからこそ強く思うの。気持ちという目に見えないものを信じるって相手を信じることだって」


 エグランティーヌが振り返り、ユイカを見て微笑んだ。


「深い愛情がなければきっとそんなことできない。私は信じることが出来なくて、今回殿下を騙すようなことをしてしまったし、殿下も私の手紙の言葉を信じかけておられた。本当に、一筋縄ではいかないってこういうことを言うのだと痛感したわ」


 苦笑しながらエグランティーヌは言う。


「だから、貴女もカイ様のことが信じられなくなってそんな顔をしているのではないか、と思ったの」


(ん?)


 ユイカはエグランティーヌの言い方に、少しひっかかりを感じた。


(何だろう、この、気持ちを見透かされている感じ)


「……ちょっと待ってください、エラ様」


「何かしら?」


「あの……えっと。何故に私がカイ様の、こと……を」


(好きだなんて知っている前提で話を進めていらっしゃるのですか!)


 最後まで言えず口ごもるユイカに、エグランティーヌはコロコロと楽しげに笑った。


「見ていれば分かるわ。ま、カイ様は気づいてらっしゃらないようですけど」


「……っ!!」


 アルベルト殿下だけでなく、エグランティーヌにも完全に気づかれていたのかと一気に顔に熱がこもる。


「あ、あのエグランティーヌ様!」


「何かしら?」


「試験課題について相談しましょう! もう時間もありませんし、ねっ!?」


「話を逸らしたいのが見え見えだけど……そうね、一カ月も休んでしまったもの。着替えて、昼食後に取り掛かりましょう」


「分かりました。では、侍女の皆さんに声を掛けてからまた昼に参ります。その時に資料をお持ちしますね!」


 ひどく動揺しながらも、話を逸らすことができたと安堵しながら、ユイカは資料を用意するために貴賓宮の女官室に足を向けた。


 ノックして入ると、数名の女官が机に向かっていた。その中にミナの姿もあった。


「あ、ミナ様」


「……お疲れ様」


 書き物をしているミナに気づき、ユイカは声を掛けた。


(ミナ様も大変そうだな。そりゃそうだよね、パトリシア様の補佐だもの。でも、ものすごく疲れてるみたい)


 そう思いながら奥のテーブルに目をやると、本日分の貴賓宮宛ての手紙の仕分けがまだ残っているようだった。


 今日の仕分け当番はミナだったはず。けれど、当のミナは書類を前に考え込んでいる様子だった。ユイカは時計に目をやると、もう昼に近い。


「手紙の仕分け、やっておこうか?」


 ユイカの声掛けに、ミナは飛び上がるようにして顔を上げた。


「そうだった!」


 青ざめながら慌てて立ち上がるミナを制し、ユイカは言う。


「その書類を優先して。私には少し時間があるから」


 ミナはホッとしたように目元を緩める。


「ごめんなさい……パトリシア様に出来れば昼までにまとめて欲しいって言われてて」


「それは昼までにお渡ししたいよね」


 そう伝え、ユイカは手紙の仕分けに取り掛かる。研修中にも何度も行った作業でもあり、今貴賓宮に宿泊している貴人の関係者の名前もすでにユイカの頭に入っていたため、特に苦も無く終わらせることができた。


 そして自分の書類に取り掛かるため机に向かうと、隣に座っていたミナが驚いた声をあげた。


「え。もう、終わったの?」


「うん」


「……やっぱりユイカ様はすごい」


「ど、どうしたの? 急に」


 ミナは項垂れながら呟いた。


「私はまだ手元のメモを見比べながらじゃないと仕分けられないのに、ユイカ様は何も見ずに……」


「……」


 ユイカには、なんと答えれば良いか分からなかった。


「だったら、手紙の仕分けはフォルンシュタイン様に任せれば、私たち他の女官も効率的に動けるんじゃないかしら?」


 その時突然、先輩女官の声が割り込んできた。フリーデリケ・フォン・アルトシュタット伯爵令嬢。この春、王妃宮から移動してきたベテランの先輩女官である。


 そして彼女はユイカに関する噂を頭から信じ込んでいる一人でもあった。


「フリーデリケ様」


 ミナが泣きそうな顔で先輩女官のファーストネームを呼んだ。フリーデリケはミナの肩を優しく撫でてから険のある視線をユイカに向ける。


「殿下方の覚えが良くて少し仕事が出来るからって人の当番の仕事を奪って、しかも劣等感を抱かせるなんて……」


 思ってもみなかった言葉にユイカは驚いて首を振った。


「アルトシュタット様、ミナ様……私、そんなつもりじゃ……」


「自覚がないまま周りを傷つけていることを知るべきだわ。ミナ様おかわいそうに。仕事で差をつけられて、選定試験でも不利な目に遭わされて……」


「不利って」


 以前、ずるい、と言われたことだろうか。


『パトリシア様がね、同じことを仰っていたの。エグランティーヌ様たちはずるくないかって。自分は初対面の相手と組まされて不利だって』


 あの時のミナの言葉が思い浮かぶ。今、目の前にいるミナはユイカの方を見ようともしない。こちらを見ているのは攻撃的なフリーデリケだけだった。


 身体から血の気が下がっていくのを感じた。この雰囲気、ユイカには……結衣には身に覚えがあった。一気にOLだった頃の自分に心が戻ってしまう。


(いつもあたしはこうなる……良かれと思ってしたことが、相手の気持ちをくじかせて……やる気をがせて……)


 そして当てつけのように割り振られる仕事が膨大な量になるのだ。


(全部、全部……あたしのせいだ。あたしが蒔いた種だ。あたしが……悪い……)


 結衣はそうやって自分を責め、そのまま俯いて、文句も言えずに大量の仕事を淡々とこなし続けた。そう、心を削って、命を削って。


 また、繰り返すのか? あの苦しみを……。あの悔しさを……。


 真っ暗になりかけた心の奥に、声が聞こえた気がした。


『貴女は誰に恥じることもしていない。堂々としていれば良いし、違うものは違うと言えば良いのです。貴女はそれができる人でしょう?』


『大丈夫。我々がついています。貴女は貴女が正しいと思うことをしてください』


『ユイカ嬢』


(そう。今のあたしは結衣じゃない。ユイカ・フォン・フォルンシュタインだ)


 奥歯をぐっと噛みしめた。きっと口に出すことで、また立場は悪くなるのだろう。


 でも、もう自分を削らないと決めたのだ。


 ユイカは顔を上げた。


「私は私の仕事をするだけです。そして私は貴賓宮の女官です。貴賓宮の仕事は私の仕事でもあります。ご自分の仕事、と囲ってしまわれたいのであれば、そう仰ってください」


 ミナとフリーデリケの目を見据えて、ユイカは言い放った。ミナはひるみ、フリーデリケは気に障ったのだろう、頬が赤くなり、手がわなわなと震えていた。


「申し訳ありませんが、エグランティーヌ様とのお約束がございますので、私はこれで失礼いたします」


 返事も待たず、ユイカは書類を手に女官室を出た。


 足が、手が、口元が震えている。けれど、ユイカはぐっと歯を食いしばり、前を向いて歩いた。心の奥にはあの、カイのお守りの言葉があったから。




次回(3/1)19時、ついにユイカとエグランティーヌ、王宮の問題に気づく!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ